2013-11-12

食の偽装に対して

毎日のように食の偽装について報道されています。

全く呆れるばかりです。

偽装内容もさることながら、社長も含めて管理者の有様もです。

偽装内容で申せば、安い材料を高い材料のように偽装してること、素人でも材料の違いが認識できるものであることが呆れる原因です。

管理者の在り方ですが、現場の人材をあたかも素人のように話していることが呆れることです。

よく考えてみて下さい。

呆れるのは管理者です。

彼らは偽装した食の部門の利益率の高さに花丸を付けてきたはずです。

つまり、部門の評価を【優】を付けていながら、あたかも現場の状況を知らないようなそぶりをしているのです。

管理者は優を付ける際には、その理由、つまり利益率の良いことを担当部門に問いかけるはずです。

その時点で「おかしいな」と感じられるはずです。

管理者をご経験の方々! いかがでしょう。

偽装問題は現場が問われるのは当然として、その責任の所在は管理されている方々でしょう。

そのように考えて報道を観ていると、あまりにも社長、取締役の発言はお粗末に感じます。

いかがでしょう。

もしも現場の方々が報道されているように今回報道されている食材の差が分からないなら、管理されている方々はその現場の方々を即座に食の部門から外されるべきだと思うのですが。

いかがでしょう。





2013-10-20

わが国の原爆開発の痕跡

本日20日、BS11の「ウィークリーニュースONZE」で福島第1原発に近い福島県石川町で戦時中、原爆開発されていたと報道されました。

終戦近い1944年に軍部によって原爆開発のためにウランの採掘が指示され、動員された住民によって作業が行われたとのこと。

このようなことは聞いたことがないなと思い、調べてみました。

理研が1941(昭和16)年に、陸軍航空技術研究所から原爆開発の可能性に関する研究の委託を受け、当時、原子核物理の第一人者だった理化学研究所の仁科芳雄主任研究員(1890~1951年)が報告書を作成し、1943年3月に陸軍に研究成果を報告書として提出されたようです。

「原子核分裂によるエネルギー利用の可能性は多分にあり」とあり、さらに「連鎖反応はいったん起これば極めて短時間に進み、莫大(ばくだい)なるエネルギーを放出する」として、原子力が爆弾に転用できる可能性を言及しているようです。

31キログラムの水に濃縮ウラン11キログラムを混ぜた場合、「普通の火薬1万トンのエネルギーに相当する」との計算も書いてあったとありました。

報告を受けた東条英機首相は「この戦争の死命を制することになるかもしれない。航空本部が中心となって促進を図れ」と命令し、1943年9月に原爆開発が極秘の研究となったようです。

このような話は一度も聞いたり、読んだりしたことがありませんでした。

いつも被害者としての発言ばかりでした。

しかし、番組の中で、当時の陸軍であれば開発されていたら使っていたように思うと、ウラン採掘を経験された方が話されました。

この辺りのことをご存知の歴史学者からの情報提供を是非お願いしたいと思うのですが。

いかがでしょう。

靖国に今回訪れた与党の方のお一人から、戦争でお亡くなりになった方々を追悼云々、の発言がありましたが、このことに対してどのような見解をお持ちか聞きたくなりました。

この辺りはいかがでしょう。


2013-10-11

ミシュランの日本での調査員の方の味覚はどうなっているのでしょう

鎌倉にある蕎麦屋で、10月11日の昼に10割そばなるものを食べました。

このようなことを書くのは不本意ではあるのですが、いたたまれなくなり、書くに及びました。

友人からよいそば店があるらしいとの話があり、そこに行ってそばを食べました。

まずそばだけ4本ほどを取って、香りをと思い何もつけずに食べてみました。

何の香り(そばの)もしません。

一緒に行った友人にも確認してみました。

友人も香りがしないとのこと。

そばがきも頼みましたが、それも香りがありません。

自分でもこの10年以上、見様見真似でそば打ちを経験してきました。

大したそば粉も手に入らず、香りがよくないなと思いながら自分で打ったそばを食べてきました。

香りがないと言っても、そばがきの出来たては結構そばの香りがあります。

さらに、そばそのものにもかすかではありますが、香りがします。

大したそば粉でなくても少しの香りがするとの経験から、鎌倉で今回食べたそばと、そばがきに全く香りがしなかったことにショックを受けています。

呆れて、帰宅後にこの店のHPを見ましたら、ミシュランの「一つ星」を2010年から連続して3年間取得しているとのこと。

えーって感じです。

何を判断されているのでしょう。
日本でのミシュランの調査員の方は。

また調査員の方の味覚はどうなっているのでしょう。

この店のそばつゆも美味しくありませんでした。

ミシュランの権威に関わる事柄だと感じています。

是非、ミシュランの調査員の方から発信していただきたのですが。

いかがでしょう。

2013-10-09

殺人事件の裁判に一言

 8日の裁判員裁判の死刑判決を破棄し無期懲役とした東京高裁判決について、何か腑に落ちないものを感じます。
東京高裁は「強固な殺意に基づいた冷酷非情な犯行」としつつ、
「被告が、被害者に金銭を要求した時点において、殺害の意思があったとは認められず、計画的な殺害行為とは言えない」とありました。

さらに「殺害された被害者は1人で、死刑を選択することがやむを得ないものとは言えない」として、
無期懲役の判決が下されたとありました。

「殺害の意思が云々のところ」と、「殺害された被害者は1人」のところがひっかりました。

どうすれば人の命が奪われるかは普通であれば分かるはずです。

そうして命を奪っているのです。

このことだけでも極刑に値すると思います。

ただし、情状酌量の余地があれば、それなりの減刑はありえるでしょうが。

さらに被害者が一人だから無期懲役という判断のところですが、確かに今回だけでなく出てはいますが、この部分も一般人から考えて、理解に苦しむところです。

人の命を奪えばそれなりの罰を受けるべきではないかと考えますが。

一人か、複数人かではないでしょう。

まず人数とは関係なく、命を奪ったら極刑と言うところから始めるべきではないでしょうか。

それから事実関係から酌量して行くのが良いのではと考えるのですが、いかがでしょう。

どうも現在の刑法ではそのような仕組みになっていないようです。

死刑廃止の議論の前に終身刑導入の議論を、また殺人に関しては極刑から情状酌量によって減刑していく手続きが必要ではないでしょうか。

専門家のコメントを頂きたいと思うのですが。

いかがでしょう。



2013-09-29

他国のことは言えないのでは

昨日 9月28日(土)に読売新聞 から配信 されたと書かれている情報に「給食にハエ付きパン…除いて食べるよう学校指導」と言うものがありました。

 「小学校の給食で出されたパン計約100個にハエが付着していながら、両校とも付着した部分を取り除いて食べるように指導していたことが28日わかった。
  市教委によると、付着していたのはクロバネキノコバエ(体長約1ミリ)。蘇南中では今月2日、ハエが付いたまま焼かれた丸パン4個が、また東明小では同9日、同様のクロワッサン約100個が見つかった。両校とも児童生徒の訴えで明らかになった。そのパンを食べた子供もいた可能性があるという。」
とあります。

この有様をどのようにお感じでしょう。

さらに
 「市教委は、給食の異物混入で、「健康に影響がないと判断した場合は食べる」との方針を手引書で示しており、両校ともその手引書に従ったという。市教委は「配慮が足りなかった」として、手引書の改定を検討している。」
とありました。

まず、こんなことがあってならないと思うのです。

つづいて、「手引書」の改定の問題ではないでしょうと言うことです。

パンの製造過程でハエが入ったと分かった時点で全部廃棄でしょう。

ハエがついたままパンが焼かれていれば、製造者が目での確認で分かったはずでしょう。

ハエも一緒に焼かれたパンが配送されてきたら、その時点で全部とは言わないまでも、最低それらのパンは廃棄でしょう。

「手順書」の問題ではなく、常識の問題でしょう。

ここで書かれている「市教委」は何という組織なのでしょう。
全く体を成していないと言わざるを得ないのではないでしょうか。

「市教委」もさることながら、パンの製造業者もあきれます。

食を製造される資格はないのではないでしょうか。

地元業者と義務教育の学校との関係はそのようなものなのでしょうか。

よくご存じの方から情報発信していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

  

2013-09-08

国立国会図書館の電子図書のことで一言

ご存知のように国立国会図書館のサイトで電子図書を手に入れることができます。

http://www.ndl.go.jp/jp/service/online_service.html

この電子図書に配慮して欲しいことがあります。

それは江戸時代や明治維新の時代の本の、漢字の読み方と意味が分かるようにできないかです。

理由はその時代の本が読んでみたいからです。

よく英語で書かれたその時代の日本に関する書物は読めるのに、日本語で書かれた書物が
読むことも意味も分かりずらいと言う経験をしているからです。

このようなことを言うと、ルビが振られていれば良いのではないかと言われる方がいらっしゃると思います。

例えば、『木戸孝允文書』の次の文章にルビを振ることはできないでしょう。

「政事端に関係仕居候段、何とも恐燿之至に奉存候得とも、四方之徴士も未上京不仕、再三御断申上候義も奉憚、暫御命令に相随ひ、乍不東此節まで参仕仕居候処、御召之徴士も逐々上京に相成候に付而は、御人少と申義に而も無之、短才徴力空敷御要局を相塞候段何とも不安奉存候、尚又於国元も従来主人より之用筋等承り居申候処、先頃京都不容易之形勢報知有之、主人父子においても深く煩念仕、諸事半途之まゝ於弊藩御用便承り候為め迄に不取敢上京申付候処、其儘滞京仕候に付而は、総而主人より承り居候用筋之義瓦解に至り候廉も不少、此等之義奉入御聴候は重々奉恐入候得共、臣子之至情是又不得上之次第、乍恐御垂憐被仰付、素願之義程克被為聞召、徴士 之義御免被仰付候様伏而奉歎願候、誠怪々々頓首百拝
二月
広沢兵助
木戸準一郎」

また読める人にはルビはうっとおしいでしょう。

ルビだけでは意味を知ることはできないようにも思えます。

そこで是非お願いしたのが、電子書籍にされるときに、読者の必要に応じて「読み方」と「意味」が簡単に分かる機能を設けてほしいことです。

これらの機能は紙の本ではできないことです。

電子の本だからこそできることです。

このような機能が備わった電子書籍が提供されれば、もっと多くの人に江戸時代や明治時代に書かれた本が読まれるようになると思うのです。

この時代の本を読むには、さらに草書体などで書かれた本が読めることが必要です。

できれば本の体裁にかかわらず、読者の指示にしたがって「読み」と「意味」が即座に分かる機能(情報だと思いますが。)を電子書籍に設けていただきたいと思います。

ルビではなくです。

いかがでしょう。






2013-08-29

シニアの方々に一言

はだしのゲンの図書館での閲覧についての話が何日か報道されていましたが、シニアの方々は
どのようにお感じになっておられるでしょう。

描かれた内容が分からないと言われるシニアも多いと思いますが、2013年8月27日の朝日新聞の夕刊(11面)に4コマの場面が掲載されました。

普段漫画をご覧にならないシニアの方々も目にされたのではないでしょうか。

書かれた内容がヒドイと感じられたとしたら、是非思い出していただきたいのです。

アジアの国々で戦争の中で目にされたことをです。

シニアの方々しか実経験された目撃者はいないです。

1940年代わが国が起こしたアジアの国々での出来事のすさまじさは、このレベルではなかったのではないでしょうか。

戦後生まれのシニア世代には本などからしか戦争で行われたヒドイことを知ることはできませんが、はだしのゲンで描かれているような出来事は多くのアジアの国の方々に対して行われたと書かれています。

是非実際に自分の目で見た方々に記録を取り戻していただきたいのです。

そして孫の世代におなじことが起きないような社会になるよう働きかけていただきたいのです。

シニアこそできる世代だと思うのです。

いかがでしょう。

付け加えれば、戦争でヒドイことをした人がいれば、当然ヒドイことをされた人がいるのです。

ヒドイことをされた人への思いを込めて、是非この「はだしのゲン」の今回の事柄に対してシニアから発信していただきたいです!!



2013-08-13

NHKスペシャル - 知られざる脱出劇〜北朝鮮・引き揚げの真実〜 を観て

『「NHKスペシャル」 - 知られざる脱出劇〜北朝鮮・引き揚げの真実〜 』を観て感じたことがあります。

先ず、北朝鮮からの引き上げに大変なご苦労があったことです。多くの方々が命を落とされたとのこと、ご冥福をお祈りしたいと思います。

ここでは、引き揚げ時の悲惨さだけでなく、第二次世界大戦中の1945年8月9日にソビエト侵攻があり北緯38度線の北側をソビエトが封鎖し、民間人の自由な移動も禁じられたとのこと。

そして、ここでソビエトとアメリカが日本人の引揚費用をどちらの国が負担するかの話し合いが持たれ、アメリカはソビエトが負担するように主張したが決裂したとのこと。

さらに、38度線の米検疫所で日本人の脱出者を多数保護しなくてはならないことや持ち込まれる伝染病のことなどから、アメリカはソビエトに38度線を厳しく封鎖するように求めたこと、
などから引揚時期が延ばされたとのことが取り上げられていました。

ここにもアメリカとソビエトとの当事者意識の欠如したようなやり取りがあったのです。

これを観ていて、戦争の悲惨さは戦争終結後もあり、それも戦勝国の身勝手とも思われることから色々な問題が生じることを知り、改めて戦争への強い回避の意識を持ちました。


あえて言わせていただけば、わが国の被害者からの視点だけでなく、1910年から開始されたわが国の朝鮮半島統治による被害者である朝鮮半島の方々からの視点も含まれていたらと思いました。

いかがでしょう。

この番組の主題からは難しいのでしょうが。




2013-08-11

NHKの番組内容に一言

先日の番組『NHK BS プレミアム「ぐるっとインドシナ半島3000キロ 豊かさと悲しみの大地をゆく」』の中で、ベトナムは中国、フランスに占領されたことがあるとの解説がありました。

事実はさらに1940年代にフランスに代わって占領した時代があり、悲惨な足跡は、例えば、吉沢 南氏の「私たちの中のアジアの戦争 仏領インドシナの「日本人」」に詳細に書かれています。

多くのベトナム人の餓死を誘発したのは、わが国の占領が大きく起因しているのです。

この現状を無視してNHKの番組内では中国とフランスだけを言及して、わが国のことは言及しなかったのです。

たった一言「占領を終了し撤退する日本軍」との解説と敗戦後の日本軍の撤退の映像を5秒程度挿入しておきながら、フランスに代わって占領していた時期があったことを無視したのです。

あまりにもアジアの国々へ行ってきたことに対する歴史的事実を踏みにじってはいないでしょうか。

わが国の現代史を専攻されている方々はどのように観られたでしょうか。

また政治に携わっている方々、特に若手の方々に事実を知っていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

与党の若手の方々に申し上げたいと思います。

もっとアジアの国々に与えてきた行為を真正面から見つめてもらいたいのです。

そして、これからも同じようなことが行われない政が行われるようにしていただきたいのです。

2013-07-23

アジアなどの国々との関係を新たに構築することが必要では

恥ずかしいことに、最近知ったことですが、アジアの国々との関係を新たに構築することが必要ではと思うことがありました。

それは過去に行われたスリランカ大統領とベトナム主席の発言です。

これらを教科書などで読んだ記憶もなく、最近のテレビ番組と書籍で知り、知っておくべきことがらと感じました。

一つは、第二次世界大戦が終わり、スリランカ独立後の蔵相その後大統領となったJ・R・ジャヤワルダナ氏のサンフランシスコ講和条約会議での演説です。

ジャヤワルダナ氏はブッダの教えから
『憎しみは憎しみでは消えず、愛する事によってなくなる
 我々はもう憎しみを忘れようではないか
 そしてアジアの将来にとって独立した自由な日本が必要である
  賠償請求もしない』
と言うものです。

二つ目は、吉沢南氏の「私たちの中のアジアの戦争」(1986年9月20日発行 朝日選書 44ページ)に記載されているホー・チミン主席の声明です。

『「新政府〔九月二日に独立宣言を発したベトナム民主共和国臨時政府〕の対日態度に付ては其後累次の胡〔ホー・チ。ミン〕主席の……声明等に現れたる処を要約するに

(イ)日本軍は極東に於ける『ファシスム』或は帝国主義の具となりて安南を占拠し仏国の裏切り政
権と結託して安南人民に多大の苦難を与へたるものにして越盟〔ベトミン〕としては数年の永きに亘り之と闘ひ来り漸く今日の成果を得たるものなり
(ロ)乍然日本軍は既に武装解除せられ軍民共に本国に帰還の時期を待ち居る者なれは之に対して安南人としては能ふ限り保護し必要の援助を与ふるに努めさる可らず

と云ふにありて新政府樹立後各般の問題ある毎に寧ろ先方より我方に接近し来り極めて友好的態度を示せることは日本側一般に一種拍子抜けの感を抱かしめたる程なり」(原文のまま。〔 〕内引用者)

この文章は、敗戦から翌年の引揚げまでのベトナムの状況を綴った、日本外務省の公的な報告書(「終戦以後本年二月に至る北部仏印政情報告」一九四六年二月三〇日)の一部分である。』

これからアジアなどの国々がわが国を好意的に見てくれていたことが分かります。

これらの好意をただただ受ける取るだけでなく、戦争で行ってきたことを真摯に見つめ直し、アジアの国々との関係を新たに構築して行くことが必要と感じます。

いかがでしょうか。

またこのようなことがわが国であまり知られていないことも何か疑問を感じます。
これらのことを知る機会もあるべきと思いますが。
いかがでしょう。



 

2013-07-19

投票率についてですが

最近住民投票の有効性を50%以上の住民が投票されたかで判断することがありました。
いろいろな意見がありましたが、何かその有効性のようなことを感じました。

選挙における区割りを変えて票の重みが2倍以下にすることが決まりました。

確かにこれでそれなりの平準化が図られたように思います。

しかし、これで国民の意思が平等に反映できるようになったとは言えないでしょう。

もう一つ簡単で分かり易いことを実施したらどうでしょう。

例えば、投票率が50%を越えない選挙区は開票しないのです。

せめて50%を越えなければ民意が反映されないと考えるのは不自然でないと思うからです。

50%が適切かはあります。

越えた場合のみ開票するのです。

いかがでしょうか。

50%を越えない場合どうするかは別途真剣に考えなくてはなりませんが。

2013-06-30

シニアには厚い思考をしていただきたい

政治家をはじめいろいろな分野の人材として若い人を期待することが多いですが、それで社会がうまく行くのでしょうか。

自分の学生時代を考えた場合、あまりも知識と経験が少なかったと実感しています。

つまり、多くの分野で若い人が活躍できることは確かであったとしてもで、全ての分野ではないと考えます。

国の運営への選択能力や、社会の有様を是正できる知恵は、時間的に積もった豊富な経験からの厚くなっていると思うのです。

この厚さが重要なファクターであり、シニアこそ現在の社会的状況を是正するための知恵を吐き出すことがでいる、いや、しなくてはならない人材なのです。

この認識を自分も含めてシニアは共有しているでしょうか。

どうもそのような感じがしないと思うのは私一人でしょうか。

国の運営の選択においても人口比が多いシニアが深く、厚い思考をされているでしょうか。

歴史的(時間的)に経験の少ない若い人と同じようなレベルの判断をしてはいないでしょうか。

例えば、過去から現在まで続けられていることから現在があるのではと推察されることはシニアにしか実感できないはずです。

シニアの方々には歴史的に豊富な経験で裏打ちされた厚く、深い思慮を拡散していただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。



2013-06-16

あの立場で何故あのような発言されるのか

今回の復興庁参事官のツイッターでの発言の件ですが。

このような立場で、あのような発言をされる方はどのような人なのだろうと思ってしまいます。

まず社会人として疑問の付く方ではないでしょうか。

どう思われるでしょうか。

また人間としても疑問の付く方ではと思ってしまいます。

どうも人間としての有様は、学校の成績と相関がない方々が目立ってきているのかなとも思い始めています。

いかがでしょう。

またあのような立場で、あのような発言をされれば、今回のような反応があることを予測できない方がしかるべきポジションの方にいることに対して、現在の社会はどうしてしまったのだろうとも思い始めました。

自分の行動が社会的にどのように受けらるか、このような反応があると自分にどのようなフィードバックがあるのだろうということが、想像できない方が数多くいらっしゃることに何か「あきれ」のようなことを感じます。

あまりにも想像力が無さすぎではないでしょうか。

そうは言ってもいらっしゃるのは現実ですから、どうしてなのかを社会学的に解釈できる方々からの発信を期待したいのですが。

できれば、このような方々を生まない社会環境を作る条件を明示していただきたいと思うのです。

いかがでしょうか。


2013-05-30

原子力関係のずさんな管理に一言

独立行政法人日本原子力研究開発機構の「もんじゅ」の施設の点検漏れ、茨城県東海村の加速器実験施設で事故と、専門家のずさんな管理に危険を感じます。

いかがでしょう。

報道されていることは専門家としてあまりにも稚拙なことがらで、あきれを越して憤りを感じざるをえません。

原発事故以来、専門家の、特に原子力関係の専門家の資質に疑問が投げかけられています。

自覚をお願いしたいと思います。

いかがでしょう。

このような事が起きても責任者は大した責任もとらず、高額の報酬をもらっている現状に合点がいかないと感じるのは私一人でしょうか。

日本原子力研究開発機構の役職員報酬・給与等については次のところに掲載されています。

 http://www.jaea.go.jp/02/pdf/kyuyo_h23.pdf

ちゃんとした責任がとれない公務員であり、65歳を過ぎているであろう理事などの報酬が地位が高いことだけで2000万円以上なのです。

このようなことはこの組織だけではありませんが、なにせ65歳以上のシニアにこのような金額の報酬が払われているのです。

ここで提案ですが。

65歳以上の理事に対しては現行の報酬の50%にするとか、就任時の報酬をそれ以前の報酬の意70%にして、毎年その70%にするようなルールにするという提案です。

若者にボランティアの奨励をする昨今、シニアが率先垂範することが必要なのではないでしょうか。

いかがでしょうか。





2013-05-03

作家出身の知事のオリンピック関連の発言についてですが

作家ってもっと言葉に敏感であって欲しいと感じるのは私一人でしょうか。

最も2代続けて言葉に対して一般人よりもセンスビリティーの低い方が、日本の一番人口の多い地域で知事として選ばれている現実は受け入れなくてはないのでしょうが。

しかしながら呆れる有様と捉えるのは誤りでしょうか。

呆れる先は作家出身の方だけでなく、一票を投じた皆様にもですが。

いかがでしょう。

2回の発言を聞いていますと、社会人として首を傾けてしまう方なのではと思ってしまっています。

社会に出てから、勤めたこともなく、他の人から怒られたこともなく、理不尽なクレームに謝ったこともない方が一般社会人よりもインテリジェンスが高いと思いこむのは誤りではないかとの仮説も立てていますが。

それなりの社会人であると思えば思うほど、今回の発言には引っかかるのだと思うのです。

一方、社会経験の乏しい方の発言だからしょうがないと思うのも誤りでしょう。

『言葉』を操る専門家である作家であれば、言葉を選びながら使う姿勢が必要ではないでしょうか。

それも出来ない資質なのでしょうか。

また最近のいろいろな場面での発言の内容は上から目線になっていないでしょうか。

一寸そのようにも感じるのですが。

いかがでしょう。




2013-04-21

忘れてはいけない記事 「砂川事件当時の最高裁長官が米公使と密談さらに判決の見通しを伝達」

砂川事件当時の最高裁長官の田中耕太郎氏が駐日米公使らと密談し、判決の見通しなどを述べていたことが、米国の公文書で明らかになったと、4月8日、9日の新聞などのマスコミで報道されたが、その後はあまり話題になっていません。

概要はこうです。

砂川事件の最高裁判決を前にして判決の状況を最高裁長官田中耕太郎氏が駐日米公使らと密談して、判決の見通しなどを述べていたようです。


米国の公文書は1959年年8月3日付でマッカーサー米大使が米国務長官に宛てた公電とのこと。
マスコミが入手したものではありません。
元山梨学院大教授(法哲学)のが布川玲子氏が今年(2013年)1月に米国立公文書館に開示を請求し、入手したものとあります。
ことは重大で、この記事が扱っている事柄は、まさに「主権回復の日」などといっている首相の祖父が首相であった時のことなのです。
このようなことが60年近く与党を張っていた政党によって行われてきたのです。

是非、現在与党の若手と言われている代議士の方々はこの辺りのことをどのように考えておられているのか発信していただきたいと思いますが。

いかがでしょう。

あまりにも現在与党の30,40歳代の若手の方々は今までのことを言及しなすぎでと感じるのは私一人でしょうか。

2013-04-19

株があがると景気がよいのでしょうか

何か株が上がると景気がよいような流れはないでしょうか。

あまりにも浅すぎると思うのですが。

確かに円安によって輸出産業の会社は収入金額の絶対額が15%以上増えているでしょうから、景気がよくなったように感じる方もいるでしょう。

しかし、この金額は為替差益であって輸出増になっているわけではないのです。

もしも円安によって輸出増があれば実質的に景気回復につながると考えます。

一方、いままであまり努力もせずに円安によって利益を出してきた産業は現在の円安はこたえるだろうと感じます。

しかし、今までの利益は莫大だったでしょうから利益の吐き出しが可能と思います。

吐き出しもせずに値上げを行う会社も出てきています。

今までの円高の恩恵をたなにあげて。

実質的な景気上昇を狙うのならば、4年前まで60年近く与党であった現在与党方々は今まで行ってきた政策の吟味が必要ではないでしょうか。

若い現在与党の方々は、あまりにもその辺りのことを言及しなすぎではないでしょうか。

是非、若手の方々に言及していただきたいと感じるのはわたくし一人でしょうか。

2013-03-25

シニアこそ深く考えることが必要では

昨今、物事を深く考える人々が少ないように感じるのは私一人でしょうか。

深く考えるとは、多岐にわたる経験や蓄積してこられたことになどに関係付けて考え、推察することではと思っています。

例えば政治の世界のことであれば、過去の政策の中身、その政策を立案しそれを実行した組織、実行結果、歴史的な背景などです。

このように考えると、経験が豊富で、成功や失敗を経験してこられ、しがらみから解放されたシニア層の方々こそ、課題を含む、多くの事柄に深く考えなくてはならない方々だと思うのです。

いかがでしょう。

しかし現実はどうでしょう。

多くの理不尽な事柄を見たり、聞いたり、行動してきたりしてこられたシニアがあまり深く考えない人の代表になっていると仮説を立てるのは一寸言い過ぎでしょうか。

公害問題、原発問題、放射能発散問題、大量農薬使用の問題、・・・に対する発信や、政治的行動が弱いのではと思うのです。

シニアは時間とお金があることから購買層やボランティアを構成するだけでなく、現在わが国が抱えているの問題にもっと積極的に関わることが重要な時期に来ているのではないでしょうか。



2013-03-22

原発事故と食のこと

原発事故が食に大きく影響していることと推察しています。

例えば、スパーなどで野菜や加工食品を購入される多くの方々が、生産地や加工地をご覧になっている姿をよく見受けます。

一方、支援という言葉を後ろ盾にして、それなりの地域の野菜などの購入を促進されている方々も数多くいらっしゃいます。

TVなどでインタービューを受けておられる方々を観ていますと、「おいしい」とか「支援したいから」とか発言されています。

現時点で、どちらがどうの、こうのと言うことは不適切だと思いますが、最近過去の事実から言及しなくてならないのでと感じていることがあります。

それは皆さんも記憶にあると思われる水銀中毒による水俣病のことです。

       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E4%BF%A3%E7%97%85

この時のことを実際に見聞きした経験はありませんが、ざっくりと言えば、身近な海から魚介類を収穫して生計を立ててこられた方々や周辺の方々が、新鮮でおいしい魚などを食べることを通して水俣病(水銀中毒)になってしまったのです。

大量の水銀を含んいるが、本来の味を保った新鮮な魚などを食べたことによって発症したのです。

水俣病は発症してから10年近くかかって、その原因である水銀中毒が明らかになったのです。

つまり水俣病の場合は、その原因の特定ができなかったのです。

しかし、今回の原発事故による原因は特定されていることであり、放射能のわけです。

この放射性物質は測定すればその存在が分かることになっています。

つまり、「おいしい」からと言うことでは済まされないことになのです。

あまり波風は立てたくはありませんが、将来のリスクを見据えた冷静な行動が必要と考えていますが。

いかがでしょう。



2013-02-24

このような認識で、この報酬?


烏賀陽弘道氏のJPpressの論文『班目氏が認めた事故対応の失敗元原子力安全委員会委員長、班目春樹氏の証言(第1回)』の冒頭で次のように書かれています。


「原発事故や住民避難対応の失敗について、班目氏にはバッシングに近い激しい非難が加えられてきた。しかし一方、制度や法律枠組みで、本来法的な権限のないこと、任務ではないことまで混同して同氏のせいにして、非難するのは筋が違うと思った。」

この中の「制度や法律枠組みで、本来法的な権限のないこと、任務ではないこと」に少し問題を感じました。

それは、原子力安全委員会委員長の任務と責任範囲が、烏賀陽氏の認識されている通りであるとすると、どうして原子力安全委員会委員長の報酬が以下のように支払われているのかということです。

原子力安全委員会委員長の月額報酬  100万6万円
原子力安全委員会常勤委員の月額報酬  93万6千円

よく見て下さい。月額ですよ。

この報酬で「任務ではない」なんてことがあってよいのだろうか、という疑問です。

報酬は任務と責任に対して支払われているのではないのでしょうか。

そうでない範囲での原子力安全委員会委員長の仕事の範囲であれば、ボランティアでよろしいのではないのでしょうか。

専門家であったとしても仕事の責任は範囲がそれなりであれば、ボランティアとしての報酬(実費のみ)であってもよいと思うのですが。

いかがでしょう。

このようにシニアクラスの専門家には、ボランティア的報酬(実費)で、ご活躍いただく時代に入って来ていると思うのですが。

以下に再度、国の要人の報酬額が掲載されているサイトをあげておきます。


この報酬を見ると、原子力安全委員会委員や委員長だけでなく多くの専門委員の方々にボランティアでご活躍を期待するのは私一人でしょうか。

特に公務員である国公立大学や研究所の所属、またはリタイヤーされた方々はそのような処遇でお仕事していただくのはいかがでしょう。

是非検討していただきたいと思うのですが。

責任範囲が前述の範囲であれば。












2013-02-14

農薬の使用量が日本はダントツ

農薬の使用量が日本はダントツの統計が出ています。

日本、韓国、オランダとつづき、韓国の2倍、オランダの4倍近い農薬が使われています。


また主要国の農薬使用量の推移でみても日本は最も多くの農薬を使っており、1990年年代からあまり減少していません。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/0540.html

いろいろなところにこの統計量に対して比較できるような物でないとの評価があるようです。

しかしながら使用されている農薬は減少しているわけでなく、多くの量が使われていることは事実でしょう。

そう思うと最近は放射能のばかりに目が向いていますが、もう一度農薬のことも考えることが必要ではないでしょうか。

このことに対する警鐘を鳴らす統計量だと思うのです。

どうもこのような事柄は、のど元過ぎればという風潮に流されていると感じます。

適切ではないかも知れませんが、はやりのようなことも感じなくはありません。

話を元にもどして、このように農薬が大量に使われて来ている現状を踏まえ、どうしてこのようなことがずっと行われているのかを考えると、以前に書いた学校給食のパン食に対する取り組みを怠って行ってきた組織の責任もあるのではと感じ始めました。

その組織の収入源の多くを占めていると考えられるからです。

このような枠組みで農薬の減少を期待するとすればナンセンスでしょう。

真に不要なところへの農薬使用を少なくするのには、他の力学が必要なのではないでしょうか。

また農産物への放射能の影響ばかりでなく、農薬の減少も次世代への影響を考える場合、大きな課題と思うのですが。

いかがでしょう。



2013-02-01

ホスピスはなぜ仏教でなかったのか

1月28日の朝日新聞の夕刊に「僧侶が寄り添う終末期」との記事がありました。

20年も前から仏教版ホスピスがあるようです。

台湾も90年代から仏教者が参加しているとのことも記載されています。

そう言われてみると確かに、終末期というと特定の宗教家が寄り添う場面が眼に浮かびます。

僧侶といった方がとの報道にあまり接してこなかった記憶があります。

特にわが国では宗教としてではないにしても、多くの方々が何かにつけ仏教に接していると思います。

それなのに終末期ということになると他の宗教に頼ってきたのは何故だったのだろうと感じ始めました。

病院に僧侶がおられていると「葬式・死」を連想されるからでしょう。

頼ってきた他の宗教は死だけでなく、生まれてから死まで一生涯を対象にされており、葬式や死がストレートに連想されないことが受け入れられてきたように感じられます。

そうはいっても仏教版では始めは避けていた患者の方が受け入れ、併設されている仏道で手を合わせるようになり、こころが休まる方がいらっしゃると書かれています。

なるほど、日本人は仏教は葬式との結びつきが大きいので(葬式を行うようになったのは江戸時代からとどこかで読みましたが)、仏教版ホスピスの導入は抵抗があったのだと思います。

しかし、その導入には効果があることが実証されてきているのですから、これからは仏教版ホスピスが定着して欲しいと感じております。

いかがでしょう。

できればストレートに葬式を連想させないため、禅寺方式の仏堂や写経といった葬式に直結しない方法を考えていただけないかとも思い始めました。

2013-01-13

本当は違うところに原因があるのでは

2013年1月10日、11日の朝日新聞30面、33面に『「夫は外、妻は家庭」なぜ増加 上下』が掲載されました。

この記事の中で社会学者の関沼博氏は『・・・夫の稼ぎだけで妻子を養うのは難しく、公的な保育サービスも充分でない。親の支援がなければ、子育ての中の妻ははたらきつづけられないのが、今の20代の現実だ。その中で「ささやかな幸せ」を描いたら、こういう結果になったと見るべきだろう。・・・』と言われています。

これが主な原因でしょうか。

現実の若い世代の方々を見ていると、前半の稼ぎのところはそうだとは思いますが、後半の見方は違うのではと思われてなりません。

このような仮説を立てています。

子どもを持つ若い夫婦では、夫の稼ぎだけで妻子を養うのは難しく、収入を確保するためには、どうしても妻が働きに出てもらうことが必要となる。

働きに出た妻はそれなりの収入を得られるが、子どもの面倒は自分以外の人に頼ることになる、

親は必ずしも近くに住んでいないので、他の人または組織の保育サービスに頼らざるを得ない。

一番手がかかるが、一番可愛い次期の子どもの面倒を他の人に見てもらうことになり、少子化で子ども一人を持たれるとすると一生この経験を失うことになる。

一方、保育サービスに頼るためには月にそれなりの金額を支払うことが必要になる。

この金額が、場合によっては妻が得た金額の半分や5分の2程度になり、ばかにならない。

そこへもってきて、前述のように自分なりが必要な時期に自分の子どもの面倒ができない。

このようなことが「妻は家庭」ということにつながっているのではないかということです。

いかがでしょう。

勿論、妻の仕事が充実していて、収入も他のところに支払ったとしても、充分手元に残る方々は立てた仮説のようなことは考えないと思います。

しかし、多くの方々はそのような環境におられないのも現実ではないでしょうか。

ときめいておられる社会学者の方であるなら、このような社会的環境を視座に置かれて記事を書かれた記者に話していただきたかった、と思うのは私一人でしょうか。

2012-12-26

政治家の顔を考えたことはありますか

現在の国会の政治家の顔を考えたことはあるでしょうか。

あまりにも顔がひどいのではないでしょうか。

アジアの人々の顔や、アフリカの人の顔や、農業をされているシニアの方の顔がよいのに比べてです。

表情が悪いというのでもありません。

イケメンでないというのでもありません。

美しい顔でないというのでもありません。

何か同じ特徴を感じる顔の方々が政治家に多いと感じるのです。

いつから政治家の顔がこのようになったのでしょう。

どうして政治家の顔がこのようになるのでしょう。

どう考えても理由が思い当たりません。

反対にどうしていい顔になるのかも理由が考えられません。

しかし今回の大臣や前回の大臣などの顔にその特徴が表れていると感じているのですが。

いかがでしょう。

一般的にそれなりの地位になると、時間と共にその地位の顔になるなどと言われてきたのではないでしょうか。

しかし、気づいてみると政治家にそのような方々がいないように感じはじめました。

別に顔がどうのということが別段どうでもよいことだとは思っています。

しかしながら一般の方々の顔と異なる特徴を持つ方々が政治家に多いのは何故なのかテレビを観ていると感じられてならないのです。

どうしてなのか持論をお持ちの方に是非発信していただきたいですが。

2012-12-22

選挙結果から感じたこと

再度ですが、今回の選挙結果から感じたことがあります。

それは脱原発のことです。

これをスローガンにして選挙活動をした政党が複数ありました。

脱原発をめざした投票者はそれを言っている政党は同じ主張の政党と思われたのではないでしょうか。

その結果が今回の選挙結果の一因ではないかと考え始めました。

このように考えると、次のようなことはどのように捉えられているのか書きたくなりした。

原発ではありませんが、米食とパン食のことです。

最近はあまり言われていませんが、お米の消費が少なくなり米作農家が困っている、などということでした。

この原因はどこにあったのでしょう。
お考えになったことはあるでしょうか。

50歳代以上の方なら、そうだったなということがすぐに理解されると思います。

小学校の時の給食がコッペパンと脱し粉乳だったはずです。

つまり子供の時にパンを食べさせられていたのです。

全国の給食でです。

そして青年、成人に成長してきたのです。

これがお米の消費が減ってきた一因(主因?)です。

このような政策をとってきたのが今度与党になる政党です。

しかも、さらにありえないことがあったのです。

その政党を支持してきた大きな団体の一つは農協なのです。

お米を作る農家の団体相当である農協が、パン食を子供に習慣付けてきた政党に手を貸してきたのです。

与党がいままで行ってきた政策を反省しないなら、このようなことを行ってきた歴史を知り、選挙行動にしていくべきと考えるのですが。

いかがでしょう。

2012-12-21

この度の選挙結果を踏まえて感じたこと

この度の選挙結果を見て、驚いたの一言でした。

感じたことは、多くの方々の判断は昨日のことだけでは、ということでした。

つまり、数年以上を遡った判断ではなく、最近のことだけで判断しているのだと。

原発問題であれば、現在のことだけで、どうして原発が数多く建設されてきたのかとか、だれが導入促進してきたのかとか、その関連などは判断されていないということです。

そこには、物事を深く考えない行為があるのではとの感じです。

この原因としてテレビの影響があるのではと考えています。

何度か書いていますように、テレビはマスコミの代表のように捉えられていますが、その実態は、日々の事件をそのまま映像として流しているに過ぎないと感じ始めています。

アナウンサーから発せられる内容は、事実をただただ表現された文言です。

一度冷静に聞いてみて下さい。

またコメンテーターの話す内容は、報道される事件の表層をなめるような発現でしかないように思うのです。

こちらも一度よーく聞いてみて下さい。

何も言ってないような内容ばかりです。

このような情報を聞かされている国民は、そこで発言されている表現を自分の考えのように感じ、復唱しているように感じます。

全て深みのない報道のテレビの影響とは言いませんが、どこか今回の選挙行動から考えてそのような仮設を立てざるを得なくなりました。

いかがでしょう。

マスコミ論の専門家にこの辺りのことを発信してもらいたいです。



2012-12-17

原発反対のうねりはどこに

昨日の衆議院選挙の結果を見て、原発反対のうねりはどこに反映されたのかとの疑問が浮かびました。

いかがでしょう。

あれだけ叫ばれた原発反対とあまりのいにもかけ離れた今度の与党の圧倒的な数の勝利に、ちょっと落胆に似た感想を抱きました。

あまりの距離に、どうなっているのとの感じです。

デモの力なさは、60年安保の、ベトナム戦争の、・・・、今度の原発の、と立証されたように思えてなりません。

デモが駄目と言うことではなく、選挙行動に結びついていないということを問題にしているのです。

デモの矛先はどこかを考えておられないではないでしょうか。

物事が深く考えられていないことに起因しているのかもしれません。

深く考えるとは、あることに関連することを多岐に手繰り寄せ考えることだと考えています。

つまり、原発反対であれば、先ずその原発を容認してきた政策を実行してきた政治を思い出すことが必要でしょう。

さらにその政策を後押ししてきた団体も認識しなくてはならいでしょう。

またそれをささえてきた専門家と称される学者も思い出すことが必要でしょう。

このように考えてどこを正さなければならないか考えることが必要と思うのです。

いかがでしょう。

今回の選挙は、あまりにもそのような深い考えの結果ではないのでは、と考えるのは私一人でしょうか。





2012-12-10

今回の選挙の候補者について

多くの政党の候補者が林立した選挙選が展開されています。

候補者について考えさせられることがあります。

それは若く、日本の代表的なT大学出身で、場合によっては官僚経験者で、50数年間与党を張っていた政党の候補者です。

シニアクラスの候補者がその政党から出馬するのは何となく違和感はありませんが。

上述のような方々が大手を振って選挙演説するのを聞いていますと大変違和感を感じるのです。

いかがでしょうか。

それは50年間の与党が何をしてきて現在に至っているのか本当に自分の頭で考えていただいているのだろうか、と言う感想です。

この借金の有様、社会保障、領土の話、公共投資の有様などなど、現在の有様に至っている元凶はどこにあったのか、彼らはどのように考えておられるのでしょう。

頭がよいといわれている大学出身の方々がその当事者の政党から立候補として、あたかも前の与党を責めるような演説をしているのを聞いていますと、何かがっかりする思いに駆られるのです。

いかがでしょうか。

新しく出てきた国を変えるような名前の政党の若い候補者も同じ思いがします。

継続されてきた長い年月の過去を分析することなく、勢いよく演説される若い方々を見聞きすると、自分の頭でもう一度考えてもの申してもらいたいと、思うのです。

いかがでしょうか。

2012-11-16

39階の横浜市庁舎の計画がありますが

多分群馬県の県庁の153.8mを超えた建物が建てられるのでしょう。

33階建ての県庁は前橋市にはあまりにも不釣合な唯一つの高層の建物です。

これと同じ規模以上の39階の市庁舎が横浜市で改革されているようです。

確かに都市部では高層の建物が林立しています。

米国を真似すると現代国家になるとの思想(?)が日本だけでなく、広い国家の中国を始め多くの国々が建物の高層を誇っています。

何か変ではないでしょうか。

どうして高層を誇らなくてはならないのでしょう。

そう感じないでしょうか。

それと同じようなことが横浜市でおきそうなのです。

土地が高いから高層の建物を造ると㎡あたりの建築費用が安くなるとの理屈でしょう。

創設時の費用はそのような理屈がたつのかもしれません。

しかし高層の建物は曲者です。

保守費が中層の建物よりも高くなるのです。

2012.11.15の日経新聞の「マンション誰のものか 第3部 超高層の虚実」のなかで高層マンションの保守費用は15階未満の物件のものより15%の高いとあります。

つまり、高層の建物になると保守費用が高くなるのです。

この辺りのことが地方自治体ではあまり考慮されていないのです。

公務員の集団は年単位で予算で考え、建物の保守費用は予算を立てる際にはあまり議論されないからです。

保守費用は建物の建築費用の10から20%が1年毎にかかるのです。

創設費用が600億円であれば60~120億円程度かかることになるのです。

この辺りのことまで考えて、横浜市の市庁舎のあり方を考えるべきと思うのですが。

いかがでしょう。




2012-11-01

地方自治体のお金の使いかたにも眼を向けることが

新聞によりますと地方公務員の報酬が国家公務員の報酬よりも高くなっているとのこと。

現在、迷走している多くの政党の主張に、地方への権限委譲が唱えられています。

このことを考えますと、国の予算も去ることながら地方自治体の予算の仕分けが、まさにこの次期に、必要なのではないでしょうか。

多額の交付金を予算に組み入れている地方自治体こそ、経費の節約が必須でしょう。

道州制など地方に権限を持たせることになる前に、国の指導のもとに予算の仕分けが必要と思うのです。

国の指導と言うと、また国が・・・と言われる方がいるこもしれません。

確かにそのようなご意見があることは覚悟の上です。

しかしながら、この時期から地方の予算のあり方に関心を持ち、適正に使われているかを見極め、無駄を排する考え方を醸成すべきと考えますが。

いかがでしょう。

県議会や市議会などのかけれるレベルの予算内容だけでなく、末端の予算執行レベルの部分までメスを入れることが必要です。

塵も積もれば・・・と言われますように、このレベルのことに多くの無駄が隠れていると思います。

是非、このレベルの地方自治体の予算までも見据えたチェックをしていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

どうも地方自治体の議員ではできないのではと感じてならないのですが。

2012-10-28

言われても変えないのはどうしてなのでしょう

首相や、大臣や、元の首相や、元の大臣などが、マスコミ、専門家をはじめ多くの方々からいろいろなことを言われても平然としていままで通り、言動、判断などを行い続けるのはどうしてなのでしょう。

自分の主張は正しく、ぶれていないからだと言われるかもしれません。

しかし、そのように理解できることばかりでしょうか。

時代の流れで価値観なりが変わってきたり、新しい時代を築いて行くためには、自分の考え方なりを見直し、場合によっては変えることが必要なことがあるはずです。

また意見を投げかけあう場合にも、相手の意見を聞き、理解した際には自分の意見を変えることもあるはずです。

勿論その場で変えることはないとしても、それなりの時間を経過した後、変えることがあるでしょう。

このように考えますと、あまりにも変えないことがあるように思えてなりません。

あれだけ叩かれて変えないのは立派だとの捉え方もあるとは思います。

それは叩かれる点と、その理屈がどう考えても理不尽であったり、論理的にもおかしな場合には、確かに考え方を変える必要はないと思います。

しかしながら、首相なり、大臣なりが考え方なり、行為なりを変えないことが目に付かないでしょうか。

2012-10-27

テレビ報道が深まらない理由

テレビの報道は事件発生後日にちがたっても一向に深まらないことを以前に書きました。

この理由を考え仮説をたててみました。

まず、報道の中立性を守るために、踏み込んだ解説なりをするのではなく、できるだけありのままのことだけを報道する。

そして原因などを探る解説をする際にも2、3の原因を専門家と称する方に語らせ、かたよった報道にならないようにしている。

その専門家の解説も一般人が考えたことを逸脱するようなことは避けられている。

などです。

このような仮説を立てると、あまりにも薄っぺらい内容になることが導き出せます。

このような報道がされていないでしょうか。

つまり、見えるところレベルのことばかりが毎日のように報道されるのです。

同じ映像や解説が繰り返し、繰り返し報道されるのです。

深まることは期待できないことになります。

しかし、現在のような混沌としたわが国現状を考えますと、このような報道は存在意義が無くなってきていると感じます。

皆さんはいかがでしょう。

原因は多くの要因に関係したところにあるのではないでしょうか。

素人が考えても関係する要因は7.8個あると思うのです。

深まる議論をする上にも、是非報道のあり方に専門家のご意見を発信していただきたいと思いますが。

いかがでしょう。

2012-10-22

5年で19兆円の復興予算の予算内容について

復興予算の予算内容について、おかしな使い先が毎日のように報道されています。

確かに報道内容を見てみますと、こんなところに復興予算がついているのと、いう予算があります。

あまりにもひど過ぎる予算項目を仕分けするのは重要なことだと思います。

しかしながら仕分けのような手法で適切な予算にできるでしょうか。

国家予算をたてたことはないにしろ、会社なりの予算獲得をした経験から言えば、国家の大臣レベルで見える予算内容で仕分けはできないのではと思われます。

テレビのコメンテーターはそのような発言はされていませんが、数10億円から1000億円レベルの予算内容を読むなどして判断するのは並大抵でないと思います。

つまり、その規模の予算説明は予算の執行内容まで言及されていないことがあると思うからです。

多分、その予算のなかの大きな項目の執行内容を核にして全体を説明したものが書かれていると思われるからです。

この文面を読まれて判断しても、また変な使い道のものが出てくると思います。

つまりこの手法では不具合は見つからないのです。

他の手法も必要と思います。

それは変な予算を企画した者への罰を与える手法を導入することです。

会社であれば、会社方針に合致しない予算をごまかして計上するような者には左遷などをして、そのようなことがないようにするのです。

このようなことまでしない限り、変な予算はなくならないと思います。

いかがでしょう。

100億円などといった一つの予算を執行する際には、1億円レベルの執行項目も紛れ込んでおり、これが曲者だからです。

予算獲得のご経験のある方ならすぐに理解されることだと思います。

ですから仕分けのような手法ではなくならないのです。

是非この辺りのことをコメンテーターの方々から情報発信していただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2012-10-08

最近、まさかという仮説を立てています

それは明治維新に遡ってのことです。

仮説は、江戸時代から明治維新になる際に官僚の報酬が異常に高く設定されていたのではというものです。

さらに、そのような報酬制度が現在の官僚の給与に反映されてるのではということです。

理由は、江戸時代から明治維新のときのことを扱っている新書などや、伝記などの書籍を読んでいて感じたからです。

ある本では、一般的な下級武士の給与が現在の価値で200万円程度であったとき、明治維新の時代の海軍の給与が2000万円、つまり10倍であったと書かれています。

また、ある伝記では大名は廃藩置県後の知事に任命され、それなりの給与が支払われ、明治維新の官僚はそれを上回る給与を受けていたとあります。

庶民から考えれば、知事になった大名の給与をこえる金額であったわけですから多額であることが推察できます。

これにはさらに驚くべきことがあるのです。

明治維新の歴史に出てくるような名前の上位の官僚はほとんどが貧しい下級武士の出身なのです。

貧しいとう形容詞は本に書いてある表現で、あたらに加えたことではありません。

このようなことが実態と考えられます。

明治維新はきれいごとのように書かれた書物が多いと感じておりますが、実態は下級武士がお手盛りで大名の処遇以上の給与を得ていたと思うのです。

これを下敷きに考えますと、明治時代からこのかた、官僚の給与は庶民からは分らない程度の金額であったと推察されます。

今後それを支えてきた給与に関する法律を確認することが必要と感じていますが、いかがでしょう。

どなたかこの辺りのことを調べておられる方がいらっしゃったら是非情報発信いただきたいのですが。

いかがでしょうか。

2012-09-16

同じことが起きるのでは

与党、野党の党首選が多く報道されています。

現在の与党は選挙民を大きく裏切ってきたように感じます。

その原因はどこにあったのでしょう。

政治評論かも記者あがりのコメンテーターも語っていただけないところがあり、そこに原因があるのではと思い始めましたので、そこを仮説にして書いてみたいと思います。

仮説は次のとおりです。

1.現在の与党の1代目の首相は、自分が話せば誰かがそれの実現方法を考え、実現するための行動を起こしてくれると考えていたのでは

2.2代目の首相は、細かなことを話せば自分の考えが及んだことが実行されると考えていたのでは

つまり、話せば、官僚なりが自分の考えどおり行動してくれるとの考え方です。

確かに、いろいろな組織で上司の話すことを部下はその実現に智恵を出し、了解をとって行動していると思います。

しかし、現在の政府の有様からはそのような行為があると推察することができません。

結果的に言えば、伝わっていないのと同じような感じです。

ここでさらに原因の仮説です。

1.まさか、このような現在の与党の首相や大臣の行為は、54年間も続いた前の与党の行動を真似ているのではないのか

2.前の与党の時はざっくりとした話なのに、現在の与党の首相は細かすぎるくらい話をしているのではないか

つまり、54年間与党の行為を見てきた方々に、権力を握った際にはあのようにすることが刷り込まれてきたのではということであり、前の与党の方々はざっくりとした指示のもと、官僚の力を頼りに利権誘導型政治を行ってきたのではとの仮説です。

そのような仮説を裏付ける事柄は前の与党時代の多くの大臣の選任にあったと思うのです。

その時は、どうしてあの方があの大臣をできるのとの疑問だけを抱きました。

今考えますと、そのように考えるべきだったのではなく、大臣が考える方ではなく、官僚が考える方だったのはのはないかということです。

このように考えると現在の与党の有様はかなり理解できます。

しかし、このように理解できたとして、どうして現在の与党ではうまく行かないかです。

ここからは会社経験が長い方なら仮説が立てられるのではないでしょうか。

つまり、「与党が選挙によって変わることがない」という暗黙の了解事項です。

これが働いていたのではないでしょうか。

これがあると、ある時大臣なりに示した(話した)ことを、選挙後に問われることがなく、おもいきって行為できてきたのではないでしょうか。

自分の上司相当の方々が変わっても党が変わらないということです。

それは自分の信条を受け入れてもらえる上司が居続けることであり、ある種の安心感があるのだと思うのです。

与党が変わることで受け入れられる信条が異なることがあれば、官僚なりの方々は自己の信条を出すことは禁忌でしょう。

切られることが予測されるからです。

話は進みすぎますが、このように考えると、新に政権が発足しても現在のような有様はつづくのではと考えるのですが。

いかがでしょう。








2012-09-03

121はあやうい数では

衆議院の定数を240名にするとの公約のグループが出てきました。

確かに議員数は多く、経費もばかにならない数字になっています。

昨今のような不景気な時代に、なかなか決まらない議会に業を煮やして経費削減を定員削減に反映したように感じます。

定員を半減すれば、確かに経費も半減するところが多くあると思います。

ですから定性的にはそうだと思います。

しかしながら定量的はどうでしょう。

121名の賛成で国家の多くのことが決まってしまう議会を想定した場合、一寸首をかしげてしまうことはないでしょうか。

国家の決め事を121を多数として決着するのは、あまりにも少ないのではということです。

一人で決める独裁国家は危ないとして、121だから民主的と捉えていいものなのかとの懸念を抱いてしまうのです。

いかがでしょうか。

昨今の選挙制度では半数以上を一党が独占する確立が高いとすると、121だからと言って独裁でないと言えるかです。

どうもこの辺りの議論なくして議員の半数化が、あたかもあるべき姿のような様相を呈してるのはいかがなものでしょう。

多くの方々の発信を期待いたします。






2012-08-24

3.11以降考える 街路時の選定について

街路樹はどの程度考えてられて植えられているのでしょう。

街路樹への要求条件を考えてみたいと思います。

・夏日陰ができ、冬の日差しが入る効用があること
・街の美観を上げられること
・枝を切ったりする世話があまりかからないこと
・水不足が起きないこと
・秋の枯葉の量が多くないこと
などが挙げられるのはのではないでしょうか。

例えば、上のような条件を仮説にして現行の街路樹を考えますと。

冬には葉はなく日差しが入り、夏には葉が茂り日陰ができ、秋の落ち葉は少ないような木が求められることなります。

このような条件で現行の街路樹に選ばれている次のような木々はどうなのでしょう。

ミズキ、プラタナス、イチョウ、サクラ、ケヤキなど

何か当ってないような気がしてなりません。

つまり、街路樹を選ぶ際に、その目的が不明確になってるのではないでしょうか。

保守のし易さや価格などが優先されているのではなどと勘ぐってしまいます。

これだけエコが叫ばれているにですから、夏には電気にたよらず涼しい街にできる街路樹を植樹すべきと考えるのですが。

いかがでしょうか。

2012-08-21

中国で日本の米を増産しているようですが

本日のテレビで、日本と同じ品種の米が増産されているとの報道がありました。

わが国への輸出も考えているようで、報道では安い米が入ってくるとのコメントがありました。

確かに安い米が入ってくるようになると考えられ、現在の日本人の味覚であれば受け入れられると推測されます。

最近の米を食していますと、ご飯としての匂いと味が無いように感じてなりません。

いかがでしょう。

1980年代までは、結構味がする米を食することができた記憶があります。

つまり1980年代以降に生まれた方々は、うまいご飯を食べた経験が少ないとの仮説が成り立ちます。

一方、昭和20時代の以降の給食世代は、子どもの時の昼ごはん(学校給食)はパンでした。
(最近の給食はパンが主体でなく、お米のご飯が出ているそうですが。)

つまり、子ども時のにパンを食べさせられていたのです。

その世代の方々は意識されているでしょうか。

以前にも書きましたが、マヨネーズ分野に新規加入を目論んだメーカーが幼稚園にサンプルを配布したとの報道を聞いたことがあります。

つまり子どもに味を覚えてもらう作戦です。

このようにして開拓しているのです。

これと同じことがパン食にあったのです。

このようなことに今までの元の与党の方々や農協の幹部の方々が学校給食にパンを出してきたことを容認してきたのでは、との仮説が成り立つのではないかと思っております。

表現はよくありませんが、いまさら安い米の輸入を阻止などといったことは、あまりにもふざけているのではないでしょうか。

おいしいお米の味覚を育ててこなかったことを、あらためて意識すべきだと思うのですが。

いかがでしょう。

日本のお米の味を覚えてくれてたら、多くの人たちがその味と安心を求めて価格だけで勝負するようなお米を受け入れないと思うのは私一人でしょうか。










2012-08-12

元の与党の大臣は何をやっていたのでしょう

全て仮説ですが。

現在の「たけしま」の有様を見ていると、その時代の与党の大臣や官僚は何をやっていたのだろうと思うのは私一人でしょうか。

しっかりしたコンクリートの建屋がある姿が報道されていますが、昨日・今日建設されたものでないことは明々白々です。

あたかも現在の与党が対応が甘かったからと発言されている元の与党の方々がいらっしゃいます。

自己否定が無い時代なのからでしょうか。

ここで仮説ですが。

本来責任をとることが必要な『大臣』が何も指示をしてこなかったからではとは、考えられないでしょうか。

元の与党の大臣は指示もしない環境で官僚がやれることだけを行ってきたように思えるのです。

やれることと言っても官僚は、大臣から指示なければ、自分の責任範囲で行動するしかないはずです。

国と国の間の問題の責任は大臣が責任をとることが担保されない限り、相手国からの反撃が予想される対応はできないに決まっていると考えられるのではないでしょうか。

つまり、元の与党の大臣は自分でやって来たように発言されていますが、現実は官僚にまかせっきりだったのではないでしょうか。

まかっせきりとは、官僚がとれる責任範囲のことしかできて来なかったのではないでしょうか。

コンクリートの建屋が造られは次の通りのようです。

1981年 ヘリポート建設
1997年 埠頭建設

この年代の政権は何をしてきたのだろうと考えるのはおかしなことでしょうか。












2012-08-05

参加に加えて国際大会を観ることが必要では

よく調理人を育てるためには、他人の作る良い料理を食べる経験を積ませることも必要のようですが、今回の柔道の結果を見ていると何か外国選手の戦い方なりをよく観ていないのでは感じてしまいます。

一方、国際大会に参加しているから観ているのではと思ってはいますが、意外と観ていないのではないでしょうか。

観察する機会としてです。

今回の大会をTVで観ている限り、その機会は無いように推察されます。

どの位の力で柔道着をつかまれるのかとか、引き付けはどの程度などかは、対戦しなければわからないでしょう。

しかし、戦い方などの戦略は対戦の中だけでなく、観戦でも感じられるはずです。

是非、これからの選手の育成には、問題意識を持たせ、国際大会を観戦させる機会を用意することをしていただきたいと思うのは私一人でしょうか。

また、指導者は「引き締めて」とか「力を出し切って」などといった抽象的で具体的な戦術に展開できない曖昧な言葉ではだめだと感じていただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2012-07-30

深く考えることが必要では

現在の与党から離別して新しい政党を立ち上げた方々は何ヶ月間も「消費税を反対する」ということを言われ続け、反対するとしてどうしようと考えているのか、とか来年度予算の計画をどうされたいのか、財源をどこから持ってこられるのか、などと言った言ってきたことをブレークダウンしているように報道がされていません。

言い始めて(消費税反対を)時間が経過すれば、具体策なり、将来の考え方なりに展開されるだろうと考えるのが常識的だと思うような趣旨で以前に書いてきました。

またこの例と同じように、テレビの報道も時間が経過しても同じ映像と最初の報道と同程度の解説を流すことが行われていると書きました。

この風潮は物事を深く考えない姿勢そのものと感じますが。

いかがでしょう。

この風潮を原発事故や、震災の復興に展開しないで欲しいと思います。

原発事故のことであれば、日本は今後どうしていくべきかだけでなく、どうして安全性が欠けた状態で原発が建設・運用され続けてきたのかとの視点からこの60年の与党の政策を検証・評価すとか。

また震災復興のことであれば、例えば原発設置をしていただいた自治体などに分配されたお金がどのように使われ、安全や防御にどの程度つぎ込まれてきたのか。

など多岐にわたった深い考察を展開することが今後のわが国の進むべき方向に重要なことだと思うのです。

時間が経過しても事柄が深まらないことは是非避けるべきと考えるのですが。

いかがでしょうか。


2012-07-23

『いじめ』と言う表現をやめたらどうでしょう

昔は『どろうぼう』と言っていた行為の一つが『万引き』という表現になって、何か軽い罪のような感じはないでしょうか。

一方、「どろぼう」と言われると一寸びくっとするのではないでしょうか。

このように万引きと言う表現と同じようなことが「いじめ」と言う表現にもあると考えられないでしょうか。

犯罪でないような響きがです。

いろいろな報道に接していますと、「いじめ」の内容は、まさに犯罪と言うほかないような事柄です。

セクハラが犯罪であるように、行為している方がいくら遊びだと主張したところで、受けている方が「いじめられている」と感じれば『いじめ』があると考えるべきで、犯罪だと思うのです。

『いじめ』という表現では犯罪のような響きが少ないと感じるのは私一人でしょうか。

そこで提案ですが。

『暴力』または『暴力行為』という表現で「いじめ」を表現するのはいかがでしょう。

いくらか犯罪であることが表わすことができるのではないでしょうか。






2012-07-22

オスプレイの危険率の予測はできるのでは

流れ星や衛星の地上への落下率などが発表できるように、オスプレイの危険率は求められるのではないでしょうか。

コンピュータは部品個々の障害率からシステムの障害率を求めているはずです。

航空工学の専門家であれば、同じような手法をご存知ではないでしょうか。

素人的に単純に考えれば、双発のプロペラ式飛行機とヘリコプターの各障害率の和に、1以下の数字の合体障害指数なりを掛ければ求められるのではと考えてしまいます。

つまり、双発のプロペラ式の飛行を離陸・着陸時にヘリコプター式に変える方式ですから。

危険な場面を考えると次のようになるのではないでしょうか。

まず、離陸時ですが。

ヘリコプター式からにプロペラ式飛行機変えるときにプロペラの周辺に障害が起きた際には、飛行が困難になる

・しかも2つのプロペラからなるヘリコプターですから、一方のプロペラの周辺に障害が起きれば、当然飛行は困難になる

着陸時では

・プロペラ式飛行機からヘリコプター式に変えるときにプロペラの周辺に障害が起きた際には、飛行が困難になる

・しかも2つのプロペラからなるヘリコプターですから、一方のプロペラの周辺に障害が起きれば、当然飛行は困難になる

このような危険があるというのは素人が考えても考え付くことではないでしょうか。

さらに2つのプロペラをヘリコプター式から双発式飛行機に変える時(離陸時)および着陸時、双方のプロペラが同期して(同時に)変更されることが必要です。

このように素人が考えても危険場面がすぐに考えられてしまいます。

どうして専門家はそのように単純に指摘しないのでしょう。

さらに防衛の航空部門を専門の官僚の方々や、大学の専門家の方々はどのように考えておられるのでしょうか。

是非、情報発信していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2012-07-16

選挙行動に結びつけられるか

原発に対するデモが継続して開催されています。

水を差すわけではないですが、わが国ではデモで変わったことはないように思います。

安保条約、反戦運動、・・・など戦後の大きなデモで何か変わったことがあったでしょうか。

デモだけで変えることは困難では、というのが実感です。

デモをデモとして拡大して行くとともに、どのようにして選挙行動に結び付けられるようにして行くかが必要ではないでしょうか。

デモへの参加を通じて自己変革していくことも必要でしょう。

原発の件では、この事故が引き起こした放射能放出問題によって、今まで原発容認であった方々に中に、そうでなくなった方々が数多く生まれてきましたように、今回のデモを通して、選挙という形での政治行動に結びつけて行くことが必要だと感じられることではないでしょうか。

かつてフランスデモに参加された方々がどのように選挙行動に反映されてきたのか分かりませんが、デモは活発だったとしても、ただそれだけで変えることは難しいと感じられるのです。

お分かりになっているとは思いますが。




2012-07-14

教育委員会の人材はビジネスパーソンでないのでは

大津での教育委員会の対応を見ていますと、あまりの対応で一寸ビジネスパーソンの集団でないのではとの仮説を抱いてしまっています。

ビジネスパーソンであったら、発言する際、その次の次くらいの発言を想定して発言すると思うのです。

その時だけを考えて発言しているように感じます。

また、昨日の報道では、黙祷もせず、黙祷を求められると座ったままでやろうとしたり、全くビジネスパーソンのリテラシーをお持ちでないと感じます。

教育現場を歩いたご経験の多い方々が教育委員会のメンバーになられているとの話を信じますと、確かに一般的なビジネスパーソンとは異なる特殊な世界のご経験だけを持たれていることと推察いたします。

ビジネスの世界でご経験のあるかたは、企画を行ったり、幹部説明を行ったり、不都合があればお客さまに誤ったり、・・・などなど、多岐にわたった経験を積まれている方々が多いと思います。

経験してきたら、だれでもがビジネスパーソンとしてのリテラシーを保有しているとは思っていませんが、昨今の教育委員会の対応をみていますと、そのように感じてなりません。

いかがでしょう。

いじめの問題をはじめ、教育の現場での問題解決には、多くの経験を積まれたビジネスパーソンのスキルなりリテラシーなりが必要になってきているのではと思うのですが。

2012-07-03

民主党から多くの方々が離別されましたが

50人近い議員の方々が離別されましたが、一寸そのことでお話したくなりました。

確かに主張されている筋論の、公約の多くを実行して来なかったにもかかわらず、増税の決議をしてるのは本末転倒で、やるべき事をやってその後に、とは多くの方々が感じていることだと思います。

そうではありますが、少し違う考えも浮かんできました。

この数ヶ月間、時間と共に深堀化などを行うことなく、ただただ反復ばかりのテレビニュースのように同じ文言での主張を続けていることに疑念を持ち始めました。


多くの方々も、具体策が話されていない、どこにお金があるのか、・・・、など指摘しています。


確かにそのようなことも感じます。


しかし、最近感じているのはそのようなことではないのです。

次のような仮説です。

まさか50人のリーダーは具体策は持たずに、官僚に指示を出せば考えてもらえると考えているのでは言うことです。

そのリーダーは今までの長年与党であった党の幹事長も経験してきており、メインの派閥のドンの側近だったので、首相や大臣のやり方を観て来たはずです。

かれらはアイディアがあったはずもなく、ただ官僚に指示やハッパをかけてきた方々だったのではないでしょうか。

つまり、詳細化や具体化を図る方々は政治家ではなく、取り巻きの官僚だったのではとの仮説です。

このように考えると、時間が過ぎても、話されている内容は深くなることなく、同じ文言が話されることになります。

同胞はどなたも紋切り型の答弁ばかりであることも、そのように考えられる理由です。

いままで、ずっと続けられてきた代議士や、首相、大臣の手法のように思えてならないのです。

このような仮説ではないと主張される方がいると思います。

是非、どうして抽象的で、筋論の同じ文言だけが発信されているのか、どなたか解説していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。




2012-06-05

原発の再稼動をする前に

原発を再稼動する動きが活発化しています。

確かに中小企業の方々に電力を安定的に供給することが必要のようです。

再稼動の要求ではなく、電力の安定供給問題なのです。

安定的な電力供給に原発の稼動が必要であれば、しかるべき手続を踏んでから行うべきと考えますが。

その手続は安全性に加えて、原発の今後の扱い方を明確化することと考えます。

例えば、原発のないわが国を造るのであれば、10年かけて全ての原発を廃炉にすると共に、使用済み核燃料の撤去と安全な保管を行うのです。

このような展望を示しながら、もしもどうしても原発の再開が必要であれば再開するのです。

そうは言っても活断層の真上にあるようなところの原発は再稼動することは適切ではないでしょう。

ですから、そのようなところから原発の仕事に携わっておられる方々の再就職先の確保進めて行くことも同時に開始することが必要でしょう。

場合によっては、この再就職先の確保が一番困難なことかもしれません。

しかし、廃炉にするということは原発が無くなることもさることながら、雇用がなくなることになるのです。

つまり、電力供給の転換と同時に、雇用先の転換も必要となるのです。

このような多面的な事柄を考えながら最も安全な原発である脱原発を進めることが必須と考えるのですが。

いかがでしょう。

2012-05-28

テレビが売れないわけ

量販店の記事を読んでいる、と最近はテレビが売れなくなり、不振とのことが出てきます。

それは確かに、地デジへの変換の時期に買われ、それ以降は需要がなくなってきたからでしょう。

そればかりでしょうか。

最近のテレビ番組に対して、周りにいるシニアクラスの方々に意見を伺うと、つまらない番組ばかりで観る物がないと、と返ってきます。

わが国の人口比がシニアクラスに傾き始めてきている現状を考えると、シニアクラスの方々が観るようなものがないとのテレビに対する意見が出ること自身、一寸腑に落ちないと考えるのは私一人でしょうか。

シニアが増えることはずっと以前から分ってきたことであり、テレビ番組を企画されている方々も承知のことだと思うのです。

それなのに観る物がないと言わせてしまう昨今の有様は考えられません。

このような現状では2台目、3台目のテレビの需要はないように思うのです。

従来のアナログテレビの時代は、各家庭には各部屋部屋に大きさの異なるテレビが鎮座していたと思うのです。

このようなことは現在のような番組では起きないと思うのです。

つまりテレビが売れないと原因の一つにシニアに的を合わせた番組がないからだと思うのです。

テレビの周辺で多くのマーケットリサーチの研究者なりがいると思われることを考えると、どうしてこんなふうになっているのか理解に苦しみます。

いかがでしょう。

テレビが売れないと嘆く前に、番組の現状をよく考えるべきと考えるのですが。

いかがでしょう。

2012-05-15

最近思うこと - 記者とは見識のある方?

テレビのコメンテーターに多くの新聞や放送の記者をご経験の方がいらっしゃいます。

最近、その方々の発言内容に疑問がわいてきました。

あまりのも素人に毛が生えたような内容の発言ばかりです。

確かに事件や政治を見てきたことに関しては素人でない発言です。

しかしながら、問題を突っ込んで考えたような発言はあまり感じられません。

みなさまはいかでしょう。

てなことで、最近はそれなりの題名の本を読んでいるのですが、全てではないにしても、分析がされ、示唆するものがあります。

コメンテーターの発言には示唆するような内容を感じられないのです。

あくまで仮説ですが。

記者の方々は突っ込んだ分析なりの経験が無いのでないでしょうか。

まただれも言っていない、オリジナルで示唆するようなことを発信することも経験が無いのではないでしょうか。

特に政治問題の分野の方々に感じます。

素人でないのですから、例えば、政治で本音が発信されないのは、あの場合ではかくかくしかじかの理由で発信されなかったとか、その場にいて考えなければ理解できなかったことを発信していただきたいのです。

このような発言は皆無だと感じています。

マスコミが記者の経験者をあたかも、そのようなことが可能な人材だと想定しているように思えてなりません。

これも仮説ですが、記者ご経験の方々は、熟考型の方々ではなく、その場で感じたことを分析もなしに伝える伝道者ではないのでしょうか。

マスコミとしてはありのままに伝道してくれているので目的は達成しているとは思います。

しかし、あまりにもことも問題をあぶりだすような分析がされていないと感じてなりません。

いかがでしょうか。

2012-05-04

長く続いた前の与党の時からでしょうに


一寸長くなりますが、山崎元氏の書かれた記事に
(http://diamond.jp/articles/-/16943?page=2)
『防衛大臣に限らないが、大臣に任命され、官庁に大臣として乗り込んでも、省益と切り離された立場で政策を考える独自のスタッフを持っているわけでもないし、幹部クラスの職員を入れ替えることができる独自の人材候補群を持っているわけでもない。
・・・
 ビジネスパーソン読者は、よくおわかりになると思うが、部下よりも情報に劣り、実質的に行使できる人事権を持っていないトップが大組織をマネジメントできるはずがない。自分に近い有能なブレーンを持たず、幹部職員の交代要員を独自に持たずに、形の上で権限だけ持っていても、たった2、3人の幹部で大組織を十分にコントロールすることなどできはしない。』
とありました。

確かにその通りと感じます。

しかし、このようなことは今度の与党に始まったことではなく、長く与党を張っていた前の与党、いや戦後からずっとこのかた、続いてきたことでしょう。

つまり、問題は現在ではなく、以前からの問題であったはずでしょう。

今になって問題であるように指摘しても駄目ではないでしょうか。

今までの与党がこのような構図を造り上げて来たとの仮説を立てる方が妥当ではなでしょうか。

つまり今に始まったのではなく、戦後(いや明治に遡るのかもしれませんが)ずっとこのようなことが行われてきたのでしょう。

このような仮説があっているとしたら、山崎氏の主張は、現在の政治状況を改めるためには思い切った政治体制事態の変革が必要との指摘になっているのではないでしょうか。

現在の与党の問題は、根本的な構造的な問題であり、与党を変えれば解決できる問題ではないのではないでしょうか。

現在の与党である間にあるべき姿を求めべきと考えるのですが。

いかがでようか。


2012-04-25

明治維新の日本を経験させるような開発途上国の支援では

明治維新は西洋文化の輸入によって近代化が図られたと言われていると思います。

一方、日本に江戸まであった絵画や、音楽や、刑法など、多くの文化が西洋文化に劣っているように考えられ、捨て去られて来たと思います。

この辺りことが鯖田豊之氏の『日本を見なおす その歴史と国民性』に書かれています。

西洋文化で日本で培ってきた文化を駆逐してしまったのです。

例えば絵画で言えば、伊藤若冲や尾形光琳などの構図や躍動的な表現などは現在の日本画(西洋画に対してこのようなうに言われてるのが問題ですが)には継承されていないと感じます。

また音楽は西洋型です。

つまり明治維新によるわが国の近代化は西洋化そのものの様相があるのです。

結果的に自分達の文化を否定して、崇めたてるように西洋文化一色にしてきたのが明治維新であったと言っても過言ではないのではないでしょうか。

いかがでしょう。

このようなことがあったわが国と同じようなことが、開発途上国で活躍されている方々の支援の仕方にあることはないでしょうか。

先日テレビで音楽の楽しさを開発途上国で広めておられる方の紹介がありました。

すばらしいことだと思います。

しかし、その活動の中で、その国が培ってきた音楽はどのように扱われているのだろうと少し心配になりました。

わが国の音楽は99%西洋音楽であり、楽器も西洋音楽用の音階を表現できるのものでしょう。

そして扱われる音楽は、どのような音符で表現された、どこの国の音楽のだろうかと考えてしまいました。

自分の国の文化を自ら捨て去り、ひたすら近代化をしてきた、まさにわが国の現状を踏まえると
是非、その国が培ってきた文化を継承する中で、支援できるような仕方を求めて行っていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。



2012-04-12

何故こうも、もたもたしているのでしょう

現在の与党の方々にいいたいです。

何故いつまでも、もたもたしているのでしょう。

大阪の方に思う存分言われるような姿は期待していません。

言われるまでに、できることからどんどんその方向性と姿勢を見せていただきたいのです。

皆さんはいかがでしょう。

法律を制定しなければできないことは、当然現在のように時間をかけて説得なり、審議なりを続けていっていただきたいと思っています。

しかし、法律制定を行わずにできることはスピード感をもって実施していただきたいのです。

沢山あるはずです。

この辺りのことを是非、テレビに出てこられるコメンテーターの方々に言っていただきたいのですが。

いかがでしょう。

表面ずらのコメントではなく、どうしてこうも、もたもたしているのか、その原因を追究していただきたいのですが。

2012-04-09

再び放射能汚染の可能性のあるガレキの処理についてですが

放射能汚染の可能性のあるガレキの処理について、原発の協力金相当のものを受領されている自治体の方々に言いたいのですが。

そのような協力金相当のものは、ただ単に建設に協力してもらっているから支払われているのではないのではないでしょうか。

このお金は今回の原発事故などのリスクに対する報奨金ではないのでしょうか。

つまり、これらを受けてとっている自治体は被害者という顔だけでなく、原発建設者への協力者の顔も持ってきていることを自覚することが必要ではないでしょうか。

言いたくはありませんが、住民の方々もその恩恵を受けているのです。

ただ単なる被害者ではないのではないでしょうか。

この面がマスコミなどからあまり言及されていませんが、どうでしょう。

このような主張は言い過ぎではないのかとの批判を受けるでしょう。

しかし、あえてこのことに言及しない限り、なぜ他の自治体に絆がないのかとの話ばかりがクローズアップされてしまうと思うのです。

このような主張の元にガレキ処理の問題が取り上げられるとしたら、問題の本質に
接近できないと思うのですが。

いかがでしょう。

是非、いままで受領されている金額や用途などを公開した上で、ガレキ処理の協力の話をしていただきたいと思うのですが。

2012-04-02

原発問題は地球環境問題の一環では

原発問題は何かはっきりしない状況が続いていますが、この問題は地球環境の問題の大きな一つになってきているのではないでしょうか。

チェノルブイリの原発事故時点で言わなかったのはと反省しています。

半減期の長い、つまり一度発生した放射能汚染は半永久的に存在し続けるのです。

半減期があるので無くなるものと思いがちですが、数百年の半減期を想定した場合、江戸時代いっぱい以上の年数、現在に放射線量の半分にならないのです。

これを半減すると言われる学者はおられますが、人間の寿命で考えれば6から8世代の子孫に影響するのです。

現世を考えれば半永久と言っても過言でないと思います。

つまり地球環境に影響する大きな問題なのです。

一方、森林伐採や、CO2などの地球環境問題を取り上げているNPOなどが多く存在しています。

そこで提案ですが。

エコや地球環境の問題に向き合っておられる方々に、是非原発問題も考えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2012-03-24

地方都市のありかたについて

街に人が歩いていないとか、店舗のシャッターが閉まっているとか、・・・、いろいろなことが地方都市の問題として報道されています。

どこに問題があるのでしょう。

先ず「人が歩いていない」との原因は地方都市に人が居なくなったことがあるでしょう。

ではどうして居なくなってしまったのでしょう。

地方都市に雇用を作ってこなかったからだと思います。

つまり、多くの方々が雇用を求めて地方都市から出て行ったからでしょう。

また昼間、商店街に人が歩いていない原因は、昼間商店街に行ける可能性のある方々が家にいなくなったからでしょう。

その大きな原因の一つに専業主婦がいなくなったからだと思います。

さらに高齢者が多くなったことによって、多くのものを購買される方々が減少していることも原因だと思います。

そこで提案ですが。

雇用を作る施策としては、個人業の復活があるのではないでしょうか。

八百屋さん、魚屋さん、パン屋さん、・・、など個人でできる店を復活させるのです。

これだけを単独で行っても街は活性化しないと思います。

これに加えて、専業主婦(専業主夫でもよいと思いますが)を復活させることです。

家に居て時間に縛られることなく、昼間に買い物に出られる方々を増やすのです。

それには主婦(夫)手当てのようなものが支給されることが必要でしょ。

さらに子育てを終えた専業主婦(専業主夫)が再雇用してもらえる雇用環境を整えるのです。

例えば、会社の従業員の何%かが、専業主婦(専業主夫)から雇用された方々でなければならないとの法律を制定するのです。

例えばこのような施策なりが実行されなければ、地方都市の復活なり、活性化は難しいと思うのですが。

いかがでしょう。

2012-03-18

年金額を65歳の支給額に統一したらどうなのでしょう

年金支給額が問題になっています。

これからはさらに増えることが人口構成(老齢人口が増えることによって)を考えれば当然でしょう。

そこで提案ですが、現在支給年度によって支給額が異なる年金を一番最近の支給額に合わせるのはいかがでしょう。

つまり、高年齢の方々に我慢いただき、これからわが国を支えてくれる若年層の負担がいくらかでも少なくなる施策を実行するのです。

確かに多くの反対される方々が反対するでしょう。

しかしながら、そんなことは言っていられない状況でしょう。

65歳の支給額に合わせるというと支給額が下がるというご意見でしょう。

65歳の方々はそれで生活することになるのです。

是非、高年齢の方々がどのように考えておられるのか発信していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2012-03-15

無駄の排除は予算執行の段階も必要

無駄が予算立案の段階で審議されていますが、執行の段階での無駄を排除しないと真の無駄排除にならないのではないでしょうか。

立案時点での排除で無駄が省ける訳でないことはどなたでもお分かりになると思うのですが。

例えば、何か建物を企画・計画して造る予算が決まり、予算執行の段階になると例えば外部の委員が参加する審議会などが催され、方向付けなどが行われるとします。

この場面で無駄と思われる出費があります。

外部委員には報酬が支払れます。

経験では、審議会にでてくる学者はただ聞いて意見を言うだけで、予め資料などを作成することはあんりません。また例えば区長などの市民の代表はほとんど発言もせず出席しているだけです。

このような審議会委員にもしかるべき報酬が支払われているのです。

それも数回出ているだけで、10数万円以上の報酬です。

これは無駄だと思うのです。

はやりのボランティアでいいのではないでしょうか。

せめて旅費などの実費でいいのではないでしょうか。

このように無駄を省いた予算の中身は、このような無駄が数多く潜んでいるのです。

ここの無駄を省けば、さらに予算額の適正化が図れるのです。

このようなことはそこらじゅうにあると思います。

是非この辺りの無駄も一考する必要があると思うのですが。

いかがでしょう。

2012-03-11

地方の地域活性化に感じること

地方の商店街の活性化に多くの手が打たれてはいますが、根本的な視点が欠けているのではないのかと感じ始めています。

まずそのような街を見ると人が歩いていません。

人が歩いていない街を活性化するには、人が歩く街にすることが必須と考えます。

人が歩く街を用意するには人が家にいることが必要です。

そして家にいる人に購買意欲があることが必要です、

購買意欲がある人とはどのような人だろうと考えますと、人口に占める割合が多いシニアクラスの人ではないのではないでしょうか。

若い人々が家にいることではないでしょうか。

広間から街に歩け、購買意欲のある人々とは、主婦か、主夫ではないでしょうか。

勤めている方々は街を昼に歩くことは不可能だからです。

そうではないでしょうか。

つまり、街を活性化するには若い人々を家にいてもらうことが必須だと思うのです。

保育園、幼稚園を多く用意することではないと思うのです。

また子供手当てを支給することでもないように感じます。

子供手当てを支給して保育園なりを用意すれば益々家にいることができる人々はいなくなるように思うのです。

そうではなく、主婦(主夫)手当ての支給をすべきではないでしょうか。

それも思い切って月に8万円程度を支給するのです。

そして、例えば子供が義務教育を終えるまで家にいていただくのです。

さらに加えて、子供育てが一段落した主婦(主夫)が再び職に就くことが必ずできる環境も用意するのです。

ただ手当てを支給するするのではなく、この条件も付けた上にです。

このような社会構造の一部を変えて行くことなくして地方の街の活性化は不可能と思うのですが。

いかがでしょう。

2012-02-27

原発事故で放射能汚染のガレキの処理のことですが

放射能汚染のガレキの処理に賛成の意見と反対の意見が発信されています。

今日はどのコメンテーターなどが言われていない、一寸ドラスチックな見解を述べてみたいと思います。

今回の震災に伴ったガレキは大量であり、日本全体の震災であるので、お互い様とか、震災の共有化とか、痛みを分かち合うなどの観点から、ガレキ処理を受け入れるべきではないか、との意見があります。

確かにそのような見解には、なるどどと思うところです。

原発事故による放射能汚染のガレキのことは、ただその延長に置くことには一寸頭をひねってしまいます。

理由はこうです。

もともと原発を受け入れた地域には、リスクの代償のように協力金のようなものが配れています。

この全てではないにしろ、最低限その内の10や20%は現在のようなことが起きた時の準備金として用意しておくべきだったのではないでしょうか。

そのような処理をどこまでお考えだったのか明らかにされる前に、痛みを分かち合うとの観点から、放射能汚染ガレキの受入をすべきと発言されているコメンテーターの方々に、どのようにお考えかお聞きしたいと思い始めたのです。

そのガレキが自分の家の隣にくることがない方々が、あたかも思いやりのあるような発言をされているように感じるのです。

いかがでしょう。

今回の原発事故で放射能汚染が広範囲に広がり、問題になっているのに、それを人為的に広げることがあっていいのだろうかと考え始めています。

原発を受け入れ、それなりの金額を受け取られて来た自治体の首長さんから是非発信いただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

このような取り組みができない自治体では原発を受け入れべきでないのでは、と思うのでは私一人でしょうか。

2012-02-13

何故雪かきロボットがないのでしょう

これだけ死者が出て、何故雪かき等ができるロボットが出現しないのでしょう。

80数歳になる親から言われ初めて気づきました。

確かに以前に原発事故に対するロボットについて、何故日本のロボットが使われないかと問いかけました。

しかし、その時、毎年のように多くの死者が出ている雪問題に気づきませんでした。

本当にどうして雪に対するロボットが出現しないのでしょう。

屋根の上の雪を自動的に下ろしてくれるロボットです。

原発用や地震用のロボットを開発するのであれば、もっと以前に雪下ろし用ロボットがあってもよかったのではと思い始めました。

いかがでしょう。

原発の代替策の一つとしての蓄電プラントの提案と同じように、人間が行う時に危険にさらされる雪下ろしの現場で活躍できるロボットがあってしかるべきだと思うのです。

東北や信越地方の大学のロボット研究者の方々はいかがお考えでしょう。

雪下ろしのロボットの実現性が低いので研究が行われないのでしょうか。

国の研究所の研究者の方々にも問いかけたい質問です。

原発事故に日本のロボットが導入されない理由に、わが国では国の機関で使ってくれないので云々とかの理由がどこかで書かれているのを見た覚えがあります。

これだけ国家予算を使っての雪下ろしや雪かきが行われている現状を考えれば、自治体からの需要や市場の存在が仮定できます。

しかも、毎年、多くの地域で需要が見込めます。

場合によっては世界に進出できる可能性も考えられます。

是非ロボット研究者の方々に、何故雪下ろし用や、雪かき用のロボットの研究がされてこなかったのか発信していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

原発事故対応にわが国のロボットが使用されないことを嘆く前に、今まで何故か話題にしてこなかった、目の前にずっとあって続けて来た雪問題解決のためのロボットを早期に開発していただきたいと思うのは私一人でしょうか。

本当に気がつきませんでした。

2012-02-05

消費税反対を言われるなら特別会計をどうするのか発言すべきでは

年の予算が90兆円で、歳入が42兆円であることから考えると、誰が考えても歳入を増やさなくてはと思われるでしょう。

歳入と歳出をバランスさせるためには、荒く言って二つあるのでしょう。

歳出を減額するか、歳入を増額するかです。

歳出を減額すると言っても90兆円を半分近く減額しなくてはならなくなり、現実的ではないでしょう。

20%減額したとしても36兆円足りません。

歳入を増やす方法もあるでしょう。

景気を回復できれば、90兆円と42兆円の差額の38兆円、または歳出が72兆円の場合の差額の30兆円が税増収額になるとは考えられません。

このように考えるとどうも増税反対を何の理由も言わずに訴えているのは理解できません。

いかがでしょうか。

もしもそれでも増税反対をいい続けるのであれば、220兆円程度ある特別会計の扱いを言及すべきではないでしょうか。

例えば、特別会計の15%相当の30兆円を一般予算に組込められれば、何とか
24年度は収支がバランスする可能性があるのです。

どうして増税反対論者はそこまで踏み込まないのでしょう。

この辺りも理解できないのですが。

いかがでしょうか。

2012-01-31

79,76,72歳が!

79歳、76歳、72歳の3人が集まって何かやられるようですが。

マスコミもそれなりに扱っています。

それって何なのでしょう。

お三人には責任があると思うのですが。

いかがでしょう。

あたかも今の与党が駄目なようなことを言っていますが。

どなたが現在のような国にしてきたのでしょう。

そのようにお感じにならないでしょうか。

今の国家公務員の現在のような有り様も、赤字国家にしてきたことも、人材派遣業の会社が人件費のピンはねもどきの行為が許される法律を作ってきたこも、・・・。

先に上げた方々は、前の与党の時に中核にいた方々です。

その皆さんは何か言う前に、「私どものが与党だったときには・・・・のようなことを許してきたことによって現在に至ったことが数多くあり、それはわれわれが与党であった時に・・・・のようなことを行ったからだと考えている。これを是正するためには・・・の法律を・・・のように変えることが必要である」のような発言があってしかるべきと考えるのですが、いかがでしょう。

どうもこのような発言もなく、あたかも現在の与党が駄目とのニュアンスの発言は、避けていただきたいと感じるのは私一人でしょうか。

どうもこの辺りのことがコメンテーターの方々からも発言されていないことに一寸呆れています。

どうかそのように感じられておられる方は是非発信いただきたいのですが。

上のお三人には与党だったときの判断に瑕疵があったと思うのですが。

いかがでしょうか。

2012-01-16

汚染されたコンクリートの話がありますが・・・

テレビを観ていましたら、当事者が「国の指導がなく、・・・・」とお話された映像がありました。

確かに国の指導なり、規制がなかったのだと思います。

『指導がなければやって言いということではないでしょうね』、などと考えてしまいました。

このことだけでなく、自分で考えることを置き去りにして、法律がないからとか、法律にはこのように書かれているので云々といった言葉を聞く機会が多いように感じます。

一方、法律を学ぶと「条文に無いから、大丈夫と判断するのではなく、法律の趣旨をまで踏まえて判断しなくてはならない」と言われます。

つまり書いて文言通りだけでなく、その法律の趣旨までも含めた条文を意識して判断することが必要ということのようです。

このことを踏まえて、昨今のいろいろなことを考えると、あまいにも表面的な国の指導や法解釈が行われていて、自分の頭で考えることを失っているように思えてなりません。

もしかするとそのように教育されてきたのかも知れません。

今回の原発事故が環境に大きく影響されているにもかかわらず、あいも変わらず原発の必要性を主張する方々が多くいるのは驚かされます。

本当に自分の頭で考えた結果なのでしょうか。

戦後を含めた教育が自分の頭で考えることを教えていないのではと、考えるとどうもシックリ行きません。

いかがでしょう。

2012-01-12

社宅が用意されていることは・・・

公務員の社宅問題があります。

社宅が必要か、必要でないかとの話しがありますが、それ以前に社宅が用意されているとは何が提供されているのかを明らかにしたいと思います。

社宅に住むに当っては、安いかどうかは別として、家賃は支払っているとの話があります。

当然そうでしょう。

しかし、そのような解釈は適切ではないのではないでしょうか。

支払っている額が高い、低いの問題ではないのです。

異なる話題として、公務員の報酬が高いのではとの話があります。

この話と家賃のはなしはつながっているのです。

話はこうです。

社宅費が一般の家賃より安い場合には、その差額分のお金が支払われていることになります。

つまり、報酬に上乗せされているのです。

報酬が高いといわれている上に、社宅の提供という形で相当額の報酬が支払われていることになるのです。

公務員の給与を低くする必要があるとの主張には、この部分、つまり社宅のことが含められて議論されなくてはならない問題だと思うのです。

いかがでしょう。

公務員の報酬減額と社宅の廃止は同時に解決すべき課題だと思うのですが。

2012-01-09

電力のことも増税論議と同じ論理が必要では

原発の今回の事故を踏まえて、リサイクルエネルギーが注目され、推進されていますが。

本当にこのように変わればよいのでしょうか。

増税議論では、増税の前にやるべきことがあるとマスコミを始め、多くの方が主張されています。

全くその通りだと感じています。

感じれば感じるほど、電力のことでは何故そのようなことが、エコを標榜されている方々から発信されないのだろうと思っています。

電力でも同じ論理を展開するとすれば、次のようになるのではないでしょうか。

原発以外の発電方法で電力需要を賄おう、とするのと同時に「発電された電力をめいっぱい利用しよう」と叫ぶ必要があるのではないでしょうか。

そしてそれを実現する設備なりを建設することです。

このような装置は今後も継続して利用できる有効な設備です。

何故かと言えば、発電方法が変わろうが、原発事故の時のように夜の発電電力は40%近く利用されずに消滅してしまっているからです。

この夜捨てられている電力を蓄電して、昼に使えるようにすれば大きなエコが実現されるからです。

いかがでしょう。

どうしてこのようなことが発信されないのでしょう。

まさか売らんかなの論理でエコが叫ばれてはいないのでしょうに。

是非エコを標榜されているグループの方々に、夜間の電力蓄電施設の建設を考えてみていただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2011-12-28

与党から離党者が出てますが

与党の政策が立候補した時の公約と異なるからとの理由から離党しているようですが。

確かに沖縄基地移転問題や八ッ場ダムの再開など公約と大きく異なるものがあり、あきれるばかりです。

しかし、そうい言い切ってよいものでしょうか。

まず、沖縄基地の移転の件ですが、どうすれば問題なくできるのか、その交渉相手、交渉内容、プロセスなどを明確にすべきです。

前の前の首相が言っていたことを実現しようとすれば、この辺りを明確にして、今どの辺りに居て、こらからどのようにしたら良いのか戦術を立てるべきです。

このような行動をしているのでしょうか。

また、八ッ場ダムの再開ですが、どうしてそうなったかではなく、どうすれば再開できないようにできるのかを明らかにすべきです。

これにも戦術が要ると思います。

どこを攻めれば再開を止めることができるかです。

いま、予算案ができたとしても予算執行できるまでには時間があります。

反対と言うのなら、この辺りのことを是非、自分の言葉で説明していただきたいのです。

さらに増税のことですが、反対を言われるのならどこかの予算を抜本的に削減することを言うべきです。

それはどの予算を狙っているのか、その規模はどの程度なのか、そこに向かうのにはどのような働きかけを、どこに向かって行うのか、その行為はどの程度の期間で行うのか、見通しは、といったことを説明していただきたいのです。

どこかの誰かが言っていることを言わないようにして下さい。

どこかの誰かとは異なった行動を伴った意見を自分の言葉で言っていただきたいのです。

1年生議員であれば失うものなど無いのではないでしょうか。

現在の説明だけでは誰かの代弁者のように感じてしまいます。

今まで公約にされてきたことに対する具体的な行動内容、これからの行動内容なども是非加えて説明していただきたいと思っているのは私一人でしょうか。

2011-12-25

市長・県知事が決定できることと大臣が決定できること

大阪市の市長や大阪府の知事の権限と大臣の権限はどのようになっているいるのでしょう。

大阪市長は公務員の給与などを自分の権限で変えられると思われる発言をし、国家公務員の処遇に関して大臣は微妙に発言しています。

ところでこれらの事柄の変更はどのような手続きでできるのものなのでしょう。

つまり、法律や条令を変更して行うことなのでしょうか。

そうであれば、国会や地方自治体の議会にかけて多数での可決が必須となります。

多数与党が賛成しなければ可決できません。

しかし、国での変更の手続きの方法と、地方自治体での手続きの方法が異なるとしたら国と地方自治体の長の発言の仕方に違いが出てくると思います。

この辺りはどうなっているのでしょう。

どなたか情報発信していたでけないでしょうか。

この辺りを明確に報道されているマスコミはあるのでしょうか。

ここが理解されていないために怒りにつながっていると思うのです。

どのようなことでも、どのような手続きでできるかを明らかにすることなく、個人の判断で決定できるように報道するのは問題です。

是非、この辺りを明確にした報道をお願いしたいと思いますが。

いかがでしょう。

2011-12-22

八ッ場ダム再開!?!

八ッ場ダム再開との報道がありますが、どういうことでしょう。

地元業者の方々はさぞかしお喜びと思います。

なにせダムができればそのメンテにづっと予算が付くわけですから。

そして国や地方公共団体からの発注は値引きはなく、かかるコストは当然確保できるのですから、おいしい仕事だと思います。

どこのだれを見て与党の方々は判断されているのでしょう。

首をかしげてしまいます。

判断を大臣なり、首相なりが行っているように見えますが、最近のこのように行ったりきたりしている有様を見ていますと、彼らではないのではと思い始めています。

考えてみるに、会社の社長なりが判断してるといいますが、しかるべき担当者が案を作って、全取締役に説明し、理論武装して社長の判断をもらうプロセスが行われていることを考えると、どうも大臣が判断しているのかと疑ってしまいます。

かなり上位の官僚が圧力に屈して案を策定しているのではと勘ぐってしまうような判断ではないでしょうか。

現在の与党の方々は何をもって判断されてきたのか、そして現在何をもって判断されようとしているのか、是非説明していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

これだけではありませんが。

2011-12-06

沖縄基地問題でまた発言された方へ

沖縄基地問題でまた発言されたようですね。

今の移転先案でないところに移転できればと思う一人です。

ですから言われている内容は尤もだと思います。

しかしながら、現在もそのように思われているのであれば、発言することの前に行動することだと思いますが。

いかがでしょう。

言えばできるような感覚で発言されているとすれば社会人としてあきれる方です。

最高府の大学を卒業されて、米国の一流大学に留学された方であればお分かりになるでしょうに。

また米国の大学での友人で、政府の需要ポストにいらっしゃる方もいるでしょうに。

その辺にいらっしゃる方とは違うはずですし、違っていただきたいのです。

是非自分の人脈の手づるで代替地になるとことを探っていただきたいし、米国に日本として望む方向で根回しをしていただきたいのです。

それから発言されても遅くないと思います。

昨日のような発言をされてるのを聞かされますと、首を傾げたくなります。

いかがしょう。

過去の人にならないためにも米国の要人とネゴシエーションをし続けていただきたいと思います。

その結果、方向付けができた時点で、再度発言して下さい。

期待もしているのです。

分かって下さい。

2011-11-24

いまこそ東アジア経済圏の構築の話題が・・・

TPPが大きな話題になっています。

一方、東アジアで経済圏を創る動きもあります。

このような状況で何故わが国は東アジアの国々に声をかけるような動きができないのでしょう。

現在の与党の前の前の首相は東アジア経済圏の話題を持っていた人物です。

TPPも去ることながら、その東アジア経済圏を構築することに熱を入れないのでしょう。

釈然としないと感じるのは私一人でしょうか。

現在の世界の状況は欧州でもなく、米国でもありません。

まさに足元の東アジアこそこれから数十年の主役でしょう。

そこにわが国は位置しているのです。

でありながらこの有様、どうしたことなのでしょう。

確かに今までは欧米の一員のような、アジア・オセアニアの一員として、国際舞台に立ってきたと思います。

アジアの国としてよりも、欧米の国々の一員としての立位置にいたのでしょう。

このような感覚でいたので、アジアの国々からリーダーとして認められてこなかったのではないでしょうか。

残念でたまりません。

元の首相も自分で提言した「アジア経済圏」の構築のことを思い出し、行動(ネゴも含めて)していただきたいと考えますが。

いかがでしょう。

2011-11-18

現在の裁判で知らぬ存ぜずと言い続けると

容疑者がよく「知りませんでした」とか「記憶にありません」とか、言い続けることがあります。

多く場合、真犯人ではないと推定されます。

しかしながら全部、真犯人なのかは一寸疑問符が付きます。

理由はこうです。

現行の裁判では自白は証拠になりません。

また反対に証拠がなければ、罪を実証できません。

この二つのことは、「知らない」、「記憶にない」と言い続け、その間、証拠が見つからなければ罪に成らないことがあり得ます。

つまり、実際、罪にあたることがなされた場合であっても、「知らない」と言い続けると、罪に問われないことになります。

俗に「嘘を言い続ければ罪にならない」と言われるのはこのことだと思います。

確かに「知らない」とは自白を待たなくては真意は当人以外知る術もありません。

この場合は「嘘を言っている」とは言い切れませんから、「嘘を・・・・」との表現は正しくないと感じます。

しかし、やっているのに、裁判後には罪にならないとは、あたかも、やっていないようなことになるのは一寸おかしく感じます。

裁判の場では、やったか、やらなかったかが証明されるのではなく、やったとしても証拠が無かったことが証明されることになると感じるのです。

皆さんはいかがでしょうか。

最近の政治関連の事件などは、特にこのようなことが言及されていないなと感じています。

いかがでしょう。

2011-11-13

TPPで農業がクローズアップされていますが

米国が云々とのことでTPPを反対されている一面があると捉えています。

農業が壊滅との議論もあります。

その中で食料自給率が少なくなるとの主張もあります。

確かにそのような捉え方もあると思います。

しかしながら今まで農業分野で疑問になることが幾つかあります。

先ず、米の国でありながら小麦を原料にしたパン食を小学校の給食にしたきたかたです。

国民が米を食べなくなったとの話は最近ではないはずです。

このことに農業分野の方々がこの辺りに対してどのような行動なり、主張なりをされてきたのかと感じています。

最近は小麦の高騰を理由に小麦を原料にしているパンなどにも米粉を導入するため製粉などの技術にも力を入れて、余り気味の米の消費を促す行動がとられて来てはいます。

冷静に考えれば、このようなことを昭和40年代には行われてこなくてはいけなかったのではないでしょうか。

米が消費されていないと言いながらあまり表立った主張が米関係者から出てこなかったのは何故だったのだろうと思い始めています。

そこには何かの(どこかの)力学が働いていたのではと勘ぐってしまいます。

また野菜で言えば、重油を利用して野菜を作っていたり、種を輸入したりもしているのではありませんか。

確かに収入確保という面からは仕方ない選択なのでしょう。

しかしながら、それによって味が悪くなっているのではないでしょうか。

そう言うと、消費者に求められる味のものを栽培・供給してきたと反論されると思いますが。

味と言えば、米の味もこの20年辺りで、また相当変わってきたことを感じます。

以前の米らしい味がしません。

いかがでしょう。

農業を真剣に考えていただけるなら、ただTPP問題だけでなく、総合的に是正していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-11-05

転勤が多いから社宅が必要とのことですが

公務員宿舎の問題で、どなたかが「公務員は転勤が多いので必要」と発言されたとの報道がありました。

確かに国家公務員の方々は転勤が多いい方々もいらっしゃることと思います。

公務員の宿舎に関する法律なりができた昭和24年当時は転勤族の始まりは国家公務員だったのでしょう。

しかし、昭和30年以降は徐々に企業でも転勤族が多くなり、社宅を提供するところが多くなったのだと思います。

最近の企業では社宅を用意して転勤させるようなことはやめてきていることは皆さんご存知のことと思います。

つまり、社宅の提供と転勤とは直結しない時代に入っているのが現在のわが国の状況なのです。

昭和24年辺りのこととは社会の構造は激変してきており、転勤が多いのは企業の方であり、国家公務員の一部にそれに準じる方々がいるというのが正しい認識ではないでしょうか。

転勤が多いから社宅を用意しなくてはとの認識は時代錯誤です。

転勤が多いから公務員宿舎が必要という論理は破綻しています。

是非この辺りのことを言っていることに代議士を選んでいるのは我々有権者であるとこともっと意識しませんか!

戦後に作られて現在まで存続している法律なりを徹底的に調べて、改定して行くことが必要と思いのですが。

いかがでしょう。

2011-10-30

国際会議では専門委員では賛成でも総会では反対の国も

技術の国際会議では、専門委員の立場では賛成であっても、総会では国の代表として反対を投じることがありました。

技術の国際会議では、全体会議である総会と、ワーキンググループとから構成されます。

議決は総会で行われ、国として1票の投票権があります。

ワーキンググループは複数あり、全てのワーキンググループの分担分けや方向付けなどを行うグループ、課題別のグループがあります。

ワーキンググループへの参加は、国を代表する出席者がグループを任意に選択して出席することで可能となります。

ワーキンググループの分担分けや方向付けなどを行うグループでは、専門委員の立場で、先ず各国から寄せられた意見を読み、聞き、検討して、先ず意見のグループ分けを行います。

グループ分けされた意見は、各ワーキンググループに振り分けられ、検討されるのです。

各ワーキンググループの委員は専門家であり、国の代表とは位置づけられません。

ですから専門委員はあくまでその分野の専門家として各国の意見を検討して、国際的に妥当な意見に纏め上げて行きます。

各ワーキンググループの検討内容は、全体を見ているワーキンググループに適宜報告され、方向の妥当性などが検証されます。

このようなプロセスを通してワーキンググループの結論を創生するわけです。

この結論は総会にかけられ、各国に1票与えられた投票権が執行されるわけです。

この時に最初に書いたことが起きるのです。

例えば、あるワーキンググループの専門委員がある国の代表者で、専門家としてワーキンググループの中核として結論を創生したとしても、国の代表として総会でそのワーキンググループの結論に反対投票が行われることが、しばしば起きます。

それも同一の委員(ワーキングも総会も)であってもです。

一寸戸惑うのですが、それが国際会議なのです。

このことを踏まえて、わが国の最近のTPPの議論は、国際会議での決議のプロセスをご存知でない方々が、我が物顔に議論しているように思えてなりません。

是非、国際会議に出席されたご経験がある方にこの辺りのことをお話いただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

それから、ワーキンググループではどのようなことでも意見を出すことが重要です。

2011-10-28

霞ヶ関のお役人の役割をはっきりすべきでは

何かにつけ、国や霞ヶ関の役人が槍玉にあげれますが、霞ヶ関の役人の役割を正確に伝えることが必要ではないでしょうか。

端的に言えば、大企業の企画部的な部門を想定すればよろしいのではないでしょうか。

つまり計画予算を幹部説明して予算確保する部門です。

こように考えると、どこが問題かわかるのではないでしょうか。

会社でも、企画の連中は現場を見なから、現場なりで必要でなことが分かっていないとか。

予算は獲得するが、執行の内容、結果をフォローできていないとか。

いろいろなことが言われていると思うのです。

会社でのことと同じようなことが国レベルや霞ヶ関の役人に向けられていると感じます。

いかがでしょう。

会社や予算を獲得して、事業運営をされている経験を積んだ方は数多いはずでしょう。

それなのにいつも同じ口調の言葉が投げかけられています。

もう少し、学者の方々を含めて、予算執行組織のあり方を本質的に議論いただきたいと思うのですが。

多くの組織(会社も含めて)が同じ形態をとっているのですから学問的に解決策なりがあってよいと思い込んでいるのです。

いかがでしょう。

2011-10-23

「原発で日本のロボットが迷子に」との報道がありましたが

10月22日朝日新聞の朝刊の記事に「原発で日本のロボットが迷子に」とありました。

以前、大学で開発されたロボットを原発事故現場意に導入とあったので、心配していました。

以前にも書きましたが、大学で開発されるものは原理確認のものであり、現場で使え製品レベルするには、多くの工程(きめ細かな異常系ソフトウェアの組込み、現場試験、過負荷試験、連続試験、商用試験などの工程)を経ることが必須です。

この辺りのことがどの程度、今回導入されたロボットでは行われていたのか報道して欲しくなります。

以前BS8のプライムニュースでロボットの専門家が3人ゲストで出演されて、国産ロボットが何故原発事故現場に導入されないのかお話になられておりましたが、東工大の教授が一寸分りにくい表現ながら、大学で開発したものは製品とは異なるとの趣旨の発言がありましたが、全体的には市場がないから、予算が米国に比較して少ないからのようなことで展開されておりました。

最近も中央公論2011年7月号に

『なぜ、国産ロボットは3・11に稼働しなかったのか』(田所 諭)
の論文が掲載されておりましたが、この中でも本質的な研究・開発・製品化の工程からその原因を言及しておりません。

あいかわらず、わが国では市場がない、米国のように軍が多くのロボットを現場で使ってくれる状況にないからのような主張をされているのには、ただただ驚くばかりです。

マスコミの方々も分かっているのか、突っ込めておりません。

つまり、大学であっても開発するロボットが現場で使えるようなレベル(製品レベルに近いもの)のものであるようにするなら、必ずしも研究発表できないレベルまで稼動なり、予算なりを割かないとならいのです。

そこまで覚悟ができるかが問われているのです。

もしもそこまで覚悟ができないなら、開発したと言わずに原理確認したと発表すべきです。

メーカーでは研究者と開発者は所属も異なり、研究者は原理確認のための装置の開発と実験を、開発者は研究者が確認した原理を元に製品にするためにきめ細かなソフトウェア(プログラム)を開発し、現場・過負荷・連続試験を行って成果レベルまで持って行くことをしているのです。

この辺りのことがどの程度されているロボットが原発事故現場に持ち込まれたのか、マスコミの方々に一度確認していただきたいと思うのは私一人でしょうか。

いままでの新聞、雑誌、テレビでの報道では分らずじまいです。

2011-10-22

委員会を廃止するそうですが

政府のたくさん作ってきた委員会の10いくつかを廃止する方針との報道がありますが。

一度しか開催されていないものもあるそうですので、廃止は適切なものと思います。

しかし、その間の委員への報酬はどのような処理がされるのかの方が問題ではと思うのですが。

委員に任命されると普通、月いくらと言った報酬が支払われるはずです。

その月に委員会が開催されたかなどと言った管理がされているのか、いささか疑問です。

日割りで報酬を出すことなっている委員会はさることながら、多分されていないと推察されます。

一方、報酬ですが、月に数十万円以上の報酬が支払われているのではと推察されます。

市の市民委員をご経験された方に伺ったところ、たいしたことを審議していない委員会であっても一度(2時間程度)出席すると数万円の報酬があり、5、6回出席すると10万円以上の報酬になるということです。

このことから推定しますと、政府の委員に任命された場合には、そのレベルでない報酬が支払われていると推定されます。

ここがかなり問題だと思うのです。

政府だけでなく、行政主催の同じような委員会は市、県にも多数あるはずですから、まさにここにも仕分けが必要になると思います。

結構な金額が多くの委員に渡っていると思います。

ここも是正が必要と思うのですが。

いかがでしょう。

2011-10-21

最近マスコミのことで考えたことがあります

多くのテレビなどのコメンテーターが、新聞や雑誌やテレビの報道に携わった方々であるのではないでしょうか。

マスコミ経験の方々は社会や政治のことをよく知っているからでしょう。

確かにその場面に多く接しているわけですから、そうだと思います。

しかし、そのような思い込みは正しいのだろうかと感じ始めました。

地デジが始まって従来のテレビ受像機で番組が見えなくなり、朝起きてテレビを観ることがなくなってこのかた、最近のタブレットPCで情報を読んでいて感じているのです。

マスコミの報道情報はあまりにも浅すぎる論理で構成されているというのが、実感です。

皆さまはいかがでしょう。

第一に、マスコミは事実を報道しているだけであり、そのような実体験しかしていない方々がコメンテーターになられているのではとの仮説です。

第二に、幻想的な中立性を守らんがために、どちらかに寄ったような記述なりがないように自己抑制した経験の持ち主ではとの仮説です。

第三に、報道されている論理や展開が浅く、発生した現象なりから、どこ、どこ、との深いとことまで行き着くことを経験されていない方々ではとの仮説です

第四に、現場で培われた視点でのコメントが主で、新しい視点でのコメントや、正さなくてはならないところをあぶり出すことのないコメントが多いように感じるのです。

いかがでしょう。

例えば、「何々が問題であり、政府の責任は大きい。何々大臣はこのように言っているが、これでは可決できない。・・・」などとの発言があるのではないでしょうか。

現象面では確かにそうでしょう。

しかし、とことんつめると、そうではないのではと思うことがあるからです。

一例で言えば、そのような時に問題になっているのは法律がそうなっているからで、その法律を変えず、存続するかぎり、思った方向にいけないことがあるからです。

以前にも書きましたが、公務員宿舎の問題は昭和24年制定(勿論改定はされてきていますが)の法律にもとづいて、粛々と進められてきたのです。

つまり、何を言っても、この法律を抜本的に変えない限り、問題はいつまでも続くのです。

このようなに展開されてるコメンテーターは見当たらないことが問題であり、マスコミ出身のコメンテータの方々の発言の限界を感じ始めています。

いかがでしょう。

2011-10-10

事ある毎に『政府』が問われますが

原発建設、ダムの建設などなど、事ある毎に政府がマスコミに問われますが。

あたかも現在の政府を担っている与党ばかりが答弁していますが、本当にそうなんでしょうか。

確かに現在、政府を担っているのは現在に与党ですから、政府が問われれば当然現在の与党が答弁すべきだと思います。

しかしながら、現在のような日本の構図を作り上げてきたのは現在の与党ではないのではないでしょうか。

外郭団体の設立や天下り幹部の厚遇などや、電力会社とのもたれあいとか、米国に従っている姿勢など、多くのこのような構図は長い元の与党の方々によって作られてきたのだと思います。

このことは肝に銘じて記憶しておくことが必要でしょう。

現在の与党の方々が、前の与党の行ってきたことを積極的に是正する姿勢をとって来ていないことも責任はあるでしょう。

しかし多くの事柄が言った、言わない時限のことではなく、法律に反映してきていることにより簡単には是正できないことが多いのではないでしょうか。

現在のように参議院で過半数を確保できていない与党では自分達の主張のように法律の制定は至難なことでしょう。

政府、政府と言う前に、どのような法律で守られていることなのか明らかにした上で、どのように法律を改定したらよいのか検討することが必要でしょう。

これからは事ある度に、関連する法律を取り上げて行きたいと考えています。

多くの方々も、関連法律の文言の発信をお願いしたいと思います。

よろしくお願いいたします。

2011-10-06

首相・大臣・県知事・市長が日々行ってることは何なのでしょう

首相、県知事、市長は会社の社長、大臣は取締役などとアナロジカルに当てはめて考えることがよくあります。

本当に首相、県知事、市長、大臣は日々何をされているのでしょう。

どこかに具体的な仕事の内容は書かれていないのでしょうか。

会社の取締役であれば海外事業とか知的財産権とかの所掌範囲が決められており、その範囲で行われることに全て責任があり、しなくてはならないことを執行することが求められます。

社長は会社の経営方針を決め、分担された各所掌範囲の責任者である取締役に指示を行い、報告を受け、会社経営に必要となることを指示することが大きなミッションです。

日頃は、幹部などから上げてこられた案件を決済することが重要な仕事であり、その元になる会社方針を企画グループの方々を引き込んで策定することが最も重要なことです。

このように会社の長を捉えると、首相や大臣・県知事・市長などの仕事も同じようなことかとも推察できます。

会社では、かなり会社なりの状況を知っているものが社長なりのことをするようになることが多く、ほとんど事業内容を知らない方が社長になることは少ないと思います。

しかし、県知事や市長などは全くの素人がなれることを考えると、何故か実際の仕事内容を知りたくなります。

是非、市長、県知事、大臣をご経験されてこられて方々に情報提供いただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-09-25

どうして米国に自国の主張ができないのでしょう

またもやわが国の首相は沖縄の基地問題で米国に自国の主張を言えていないことが報道されています。

どうしてなのでしょう。

前の前の首相の時は、あたかも言うような姿勢を話していました。

しかしそれは自国での話しに留まりました。

米国の大学に留学された履歴があり、英語も堪能でしょうし、米国には人脈もあるでしょうにです。

どうしてわが国の米国への姿勢はいつまで戦後を続けていれば済むのでしょう。

何か私たちが知らないことがあるからなのでしょうか。

政府もさることながら、外務省の方々に一寸聞きたくなります。

戦後ずっと与党になっていた政党の方々は何をされてきたのでしょう。

国民に全てを明かして欲しいとは言わないまでも、首相になられた方はその理由を問い詰めて、自国の主張を交渉の場で述べていただきたいと考えています。

いかがでしょう。

勿論、主張したことろですぐに主張とおりに事が運ぶわけでないことは重々分かっています。

しかしながら、主張しなければいつまでも今までとおりのことが続くばかりでしょう。

このことが歴然としています。

なにせ主張し続けることが必要だと思うのです。

英会話が堪能で、人脈もある前の前の首相の方にも下ネゴをお願いしたいところです。

2011-09-21

原子力発電と言った場合と核分裂発電と言った場合の違いは

わが国では核分裂による爆弾は核兵器というジャンルに入り、核爆弾と表現されています。

一方、核分裂を利用して発電するシステムは「核」は使われず、「原子力発電」と呼ばれています。

同じ核分裂を利用したものなのにです。

吉田康彦氏が「原子力」と「核」の使い分けに関して言及しております。
http://www.yoshida-yasuhiko.com/nanp/post-90.html

和英辞書を引いてみますと、確かに
「核分裂」 : nuclear fission
「核爆弾」 :  a nuclear bomb
「原子力発電」 : nuclear [atomic] power generation
となっています。

どうも平和利用だと言うことで「原子力」と「核」を使い分けたようです。

しかしこのことによって現在のような放射能の影響を予測できなかったのでは、と思い始めました。

利用されている言葉で惑わされていたり、ごまかされていたりして来たのではという感覚です。

先日、代議士(衆議院の議員 「国会議員」)は米国の新聞などではLawmakerと表現されていると書きましたが、これと同じような感覚です。

「自衛隊」も英語では「軍隊」と訳されているのでこれも同じ類です。

どうもわが国ではもともと日本語になかった英語を訳して使用する場合に、政治的な判断が伴っているのではと勘ぐってしまいます。

そう言っては申し訳ありませんが、このことはマスコミの方々や、その分野の学者の方々にもその責任があるのではとも感じ始めてもいます。

是非、考える時に惑わされることの無いよう表現の統一性を新聞などのマスコミの研究されている方々に考えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

同じ内容のことを、使い分けられた言葉に惑わされることなく、考えるようにしたいものです。

2011-09-14

再考 政治主導について

政治主導ってなんだったのでしょう。

前の前の首相は自分が言えば何かが始まり、自分の言ったようにことが執行されると思ったのでしょう。

首相が思ったことを行政を介して執行させるためには、法律の制定が必須でしょうに。

行政官は誰かが言った(長が命令した)ことで事を運んでいるのではないはずです。

命令が発せされたようになるためには、法律の制定が必要です。

ここが会社なりの社長と異なるところでしょう。

社長の場合であれば「こうしたい」と言えば、スタッフや部下がそのようになるよう考えて、実行できるようにします。

ルールを作ってなどという手順はほとんど考えません。

しかし、行政は、どなたが行っても同じ効果が生まれるようにルール(法律)を作って、それを担保出来るようにするのです。

思いつきや一寸考えてでは実現されることはないはずです。

ところが前の前の首相のときは政治主導という掛け声をあげて、政治の世界のみに働きかけたのでしょう。

代議士の世界ではヒエラルキーはあって、ないようなものなのでしょう。首相の言葉を受けた大臣なりは一向に法の制定に力を割くことなく、自分の意見を好き勝手に言っていたと記憶があります。

政治主導と言っていたので、行政官に指示することもできなかったのかもしれません。

行政官の智恵なりを借りなければ法律の原案であっても作れないにもかかわらずです。

政治主導であることの意味を考えずに言ってきたのではないでしょうか。

政治主導とは
・政治家が政策を考え、行政官にそれを執行させるための法律を整備させること
・新たに必要となる法律の原案を策定させること
・法律案を国会で承認させること
・法律にもとづいて行政官に執行させること
などでしょう。

どうもこの当たりのことができていなかったように感じますが。

いかがでしょう。

今度の首相には是非この辺りのことを気付いていただきたいと思うのですが。

2011-09-11

現在の与党の皆さんは衆院・参院で大多数を得ているような行為をしているのではないでしょうか

現在の与党の皆さんは多くの年月、政権与党を張ってきたきた元の与党の行為と同じ事をいつのまにかしているのではないでしょうか。

大臣になって自分が言えば、その通り実行されるのが当たり前という認識です。

前の前の首相の沖縄問題、前の首相の原発問題などから感じるのです。

今まで長年与党が続いていた時代には、衆・参院ともに多数を政権与党が確保していたのです。

つまり、やろうと思えばいつでも、政策の実現に必要な法律案が国会を通過する環境が整っていたのです。

このことによって、与党の大臣の発言が政策に反映できて来たのです。

これを横目で見てきた現在の与党の面々は、自分も言っただけで政策なりが実行されると思ってしまう習慣を身に着けてきたのでしょう。

(政策が行政によって実行されるためには、それが実行されるための法律の制定が必須であり、しかもそのためには与党が衆・参院で多数を確保していることが必須であるのですが。)

多くの発言がそのような習慣から行われているのではと、仮説を立てています。

一方、従来与党が衆・参院で多数を持ってきた政権与党であったときの官僚達は、大臣が言ったことを法律にすることを必死に行ってきたのだと思います。
(このように応えた行為をすれば与党にかわいがられ、地位が上がる可能性があるのですからインセンティブが高かったと推定されます。)

このことが大臣の言ったことが政策として実現されてきたことの本質だと思うのです。

いかがでしょう。

現在の与党の方々に言いたいのでは、自分達の考えを政策として行政官に執行してもらうためには命令することでなく、まづ立法化することだということです。

是非、早く気づいていただきたいものです。

いかがでしょう。

2011-09-10

またですか!

またもや政治家の発言が問題になっていますが、まったく呆れています。

いかがでしょう。

多くの政治家が発言したことが原因で罷免されていることを近くで見ているでしょうに、です。

どうしてフィードバックでいないのでしょう。

会社勤めしてる方々は、まさに「人の振り見てわが身を正す」ということが行われていることをよくご存知でしょう。

会社では人事評価があるからなのでしょうか。

代議士は「先生」と呼ばれ、ヒエラルキーも、人事評価もない世界に住んでいるからでしょうか。

確かに先生と呼ばれていると、何でも言えると思い違いするのでしょう。

それにしても社会人として最低の人種ではないでしょうか。

この発言事件の前にもお二人が罷免されていることを知っているでしょうに。

何なのでしょう。

まったく呆れます。

短絡しているかも知れませんが、代議士の人数を削減することが解決の一方法かもしれないと思ってしまいます。

何回も同じことを繰り返さないようにフィードバックしていただきたいものです。

いかがでしょう。

2011-08-27

首相の資質の要件の研究ができるのでは

五代にわたって1年程度で首相が交代した現状を踏まえると、首相に備えていなくてはならない資質の要件が研究できる環境が整ってきたと考えられるのではないでしょうか。

犯罪が起きると犯人像を描くために犯罪心理学者などがマスコミに登場して来ます。

多くの犯罪者のいろいろなデータを分析することで犯人像が描けるのでしょう。

このようなことができると信じているマスコミであれば、政治心理学者や組織論やリーダーシップ論の学者に検討してもらえば、首相の資質の要件をあぶり出すことができるのではないでしょうか。

できるできないではなく、すべきではないでしょうか。

コメンテーターのどなたかがいままでの手法で首相になるべき方々を選んだとしたらまた同じようなことになると指摘していると共に、首相を公選で選ぶことが必要ではとも言っている報道が昨日ありました。

しかし現在のような状況で公選制をしたところで国民はいままでと同じような方を選らんでしまうと予想されます。

理由はこうです。

「どなたがふさわしいと思いますか」的選び方では、何で判断すべきかの基準が定かではないからです。

同じ過ちを防ぐためにも、多方面の学者の方々の分析を元に、首相にあるべき資質を明らかにすることを期待したいのです。

データはそろってきていると思います。

明らかに5人の方々の発言、行動などが文書や映像で残っており、その時の表情、反応なども同時に入手できるからです。

これらのデータをもとに、是非首相の資質の要件を明らかにすることをマスコミの方々に仕掛けていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-26

マスコミの皆さん! もういい加減に卒業して

今日も「首相にふさわしい人は?」と街頭で聞いている場面が報道されています。

もうこのようなことは卒業して欲しいものです。

このようなことが国政選挙や党首選挙でも行われているのでしょう。

このような選び方で5代もの首相があの有様だったはずです。

つまり、ふさわしい人とはとの問いに応えるような選び方では成功しなかったことを経験してきたのではないでしょうか。

公約を聞いてなどという方々もいます。

しかしながら、この公約も当てになりません。

このような経験則から今後の対応を考えるべきだと思うのですが。

いかがでしょう。

一つ提案ですが。

資質を問うことをおやりになったらいかがでしょう。

つまり、「首相としてどのような資質を持っている方が必要でしょう」と先ず聞いて、「このような資質を持った方はどなたでしょう」と聞き出すのです。

国民はよくみています。

あなどらないで下さい。

是非いままでのような質問をすることなく、今後につながる質問をしていただきたいと思うのですが。

2011-08-23

今度は資質を考慮した選任が必要では

いろいろなところで首相が1年ごとに変わるわが国のあきれた有様が報道されています。

この原因には多くの要因があるのでしょう。

しかしながら、現在はそうばかり言ってはいけない状況ではないでしょうか。

ここ5代にわたってこのようなことが何が原因で起きてきたのか、代議士の皆さんに胸に手をあてて考えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

いままでの首相の有様を見てこられた方々に、これから首相に選ぶべき方の資質の要件を明らかにしていただきたいと思うのでは私一人でしょうか。

政策論、経験、語り、語彙など必要なことは多々あると思います。

ここを言及する前に資質を考えるべきと思うのですが。

大きな枠組みの中で、今を位置づけ、何をしなくてはならないかなどのを語ることができる構想力や、行政の長として官僚などを鼓舞して何をさせるかを語ることができる指導力などあるはずです。

最低限この二代の与党の長をまじかに見てきてい方々なら感じておられるでしょう。

是非、今回はこの2代の方々と同じ穴のムジナだけは選ばないようにしていただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2011-08-21

今こそ電力中央研究所の出番では

福島原発では汚染水の浄化システムが稼動していますが、設置してから何度も不具合が起きてシステムダウンが発生しています。

これはシステムが設置されたとしても完成品とは考えられないことから、ある程度はいたし方ないことだと思います。

つまり、完成品(製品化)にするためには現場で動作確認のための試験が必要なのです。

反対に言えば、製品化には時間をかけた現場での試験が必須なのです。

いかなる製品もこの試験をして市場に出しているのです。
(この試験をいい加減にして不具合を出しているケースもありますが)

日本のロボットがなかなか事故現場で活躍できていなかったこともこれが原因です。(研究者から分り易い本質的な説明はいままで報道されていませんが)

一方、企業の研究機関の研究成果であるプロトタイプシステム(原理を確認するレベルのシステム)は、普通、製品にするために長い時間をかけた現場でのシステム動作確認試験を行い、不具合を改良して製品として世に出すのです。

現在福島原発の事故現場は、言い方に語弊があるかもしれませんが、現場での動作確認できる環境と考えられるのです。

ここで提案です。

この現状を負に捉えるのではなく、今後の事故対応のための技術、防護服、システムなどを用意するための研究成果の動作確認環境と見做し、活用するのです。

そういう意味では、まさにこの機会を使って原発事故対応の技術をできるだけ早く、現場で使える製品レベルのものを用意できるようにすべきと考えます。

是非、電力中央研究所の皆さんも今年度の予算内容を急遽変えて、原発事故現場で必要となる技術を現場で動作確認することを考えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-13

国会議員のすべきこと

国会などで大臣がいろいろなことを問われ、指示が悪いとか言われています。

また公務員があらぬことをしているような報道があります。

これらはあたかもその人の資質にかかわる問題のような取り上げ方が多いのではないでしょうか。

確かに、あらぬ発言や、あまり意味のない行動などはそれに当ると思います。

しかしながら、制度に関することや、公務員の行動や判断に智恵が出ていないことなどは必ずも個人の資質だけを問題にしても解決できないと考えはじめました。

特に公務員がらみの行政に対する批判は個人の資質を問うことに意味がないと思うのです。

それは、公務員が個人の智恵で行動や判断をしていないからです。

彼らは法律(政令、条例なども)に則って判断・行動しているのです。

法律にないものはしないし、判断しないのです。

個人としてはできることでも、公務員としてはできないことになるのです。

つまり、公務員に何かしてもらうようにするためには法律を準備することが必要なのです。

個人を責めることではありません。

そこに法律を制定できる国会議員の出番があるのです。

国会議員は官僚を叱る前に法律を作ってしまえばいいのです。

しかし、国会議員は原案作成を官僚側に投げてしまっているのが現状だと思います。

ですから、どうしても官僚の都合のよいものになりがちになるのです。

ということは代議士が作る、議員立法が重要になります。

ここに代議士の使命があるのです。

スローガンやマニフェストを立法化することです。

ここに衆議院と参議院の過半数を確保することが重要になることにつながるのです。

そういえばこのようなことを誰かが声高らかに言っていた記憶はないでしょうか。

もしもこのことを指摘して言ってくれたら、もっと気付く方々がもっと増えたかもしれないな、などとも考えています。

それはさることながら、国会議員の方々に言いたいことは、官僚をしかることではなく、早く実行したいことを法律化できるように行動することであることに気付いていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-10

国内での搾取の構造が問題?

知り合いの方から「我々の賃金は時間1000円にも達しないのに、親会社の人たちの報酬、ボーナスをどうしてあのように多額に支払うのか矛盾を感じる」と聞いたことがあります。

親会社の社員の給与に比べて、下請け、孫請けの仕事に従事されている方々の給与はあまりにも低いと言うのです。

1000円にも満たないようです。

知り合いの主張は、このようなことが起きないように社会構造なりを変えて行かなくてはならないのではとのことでした。

このことを聞いていましたの、8月7日(日)BSジャパンの『勝間和代#デキビジ』

を観ていましたら勝間和代氏から次のような発言がありました。

「大企業は中小企業から搾取して社員に多額の報酬を払っているこれを正さなくてはならない」

いままでテレビの討論番組でもこのような発言は聞いたことがありませんでした。

皆さんはいかがでしょうか。

町工場で働いておられる方々の現状を報道する番組などを観ていますと、確かに賃金を低くしてコスト低減しないと親会社からの要求に応えられないとのインタビューが多く流されています。

そのような方々からだけの報道を観ていると、日本全部の働き手がそのような状況に置かれているとの錯覚を抱きます。

しかしながら、このような賃金を基盤として、上部の組織では、俗に言う親会社では高賃金が支払われていることが多いのです。

「搾取」はきつい言い方かもしれませんが、下請けをたたきに叩いて自分達は高給を取っているのは事実です。

このような状況をどのように是正して行くのかも今後の大きな課題だと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-08

所さんの目がテンを見て感じたこと

7月30日放送の『所さんの目がテン』で美術の鑑賞の話で興味深い話題がありました。

日本人とフランス人とで絵画の鑑賞の仕方が異なるという話題です。

日本人はゴッホの『ひまわり』とか、ムンクの『さけび』などという、有名絵画の画家の名前と作品名を知っている人が多く、フランス人は画家や作品の名前は知らない人もいますが、作品に対する印象を言葉に出して多くを語れる人が多いとの報告です。

日本人は自分の印象は語れず、作品名や画家の名前を話される人が多いとの報告でした。

「教育の仕方が異なるからか!」と感じました。

これほど詰め込み主義の教育が批判されているのに、このありさまかです。

絵画の分野でです。

考えさせられました。

絵画といえば、先日長野県の有名な公園に行く機会があり、同じ入場券でその近くにある文化勲章をもらった画家の美術館に入場できるというので、鑑賞して来ました。

そこにはセザンヌの松?、ムンクのさけび?、との印象の作品が飾ってありました。

文化勲章をいただいた画家の作品でです。

昔文壇はどうのこうのとの話が報道されていたことの記憶があります。

しかし、絵画の世界ではあまり話題に上げられていません。

ところが絵画の世界は江戸時代までのものと異なり、明治時代からこのかた、ルオーだったり、セザンヌだったりするような作品が評価されているような感じの作品が多いように思いますが。

いかがでしょう。

どうも原発の世界だけでなく、他の分野も言えない雰囲気があるのかとつくづく感じさせる夏です。

2011-07-28

毎日捨てられている電力はエコの観点からどのように見えているのでしょう

今日も東京電力管内の電気予想は80%以下です。

20%も捨てられているのです。それも24時間続けてです。

とても大きな問題だと思うのです。

その間CO2も排出されいていますし、燃料も浪費されています。

エコの観点からとても問題なことだと感じますが。

いかがでしょう。

どうしてこの浪費や排出の問題を大きく取り上げないのでしょうか。

電力不足がつづくと産業が云々という報道ばかりです。

是非この辺りのことをエコの運動を行っているグループの方々から大きな声を上げていただきたいのです。

東大の先生からもリチウム電池の電力蓄積プラント建設の提言がありましたが。

原発継続を取り上げる前に、是非この毎日、24時間、20%以上の電力が捨てられていることをエコの視点で言及していただきたいと思うのですが。

出てしまったCO2は取り戻すことは困難ですから、無駄を無くすことだと思うのです。

つまり、捨てられている電力を残さずとは言わないまでも、何とか蓄積して活用できるようにするのが第一にしなくてはならないことではないでしょうか。

例えば、一つ原発プラントを廃炉にする代わりに電力蓄積プラントを一つ建築するのです。

これによって電力の確保と、雇用の創出(雇用の確保にもなるでしょう)や、こらからのスマートグリッと時代に核となるバッテリー技術の発展にも大きく寄与するものと思うのです。

いかがでしょう。

エコの観点からも是非、原発や電力確保の事柄を取り上げていただきたいと思うのですが。

2011-07-26

「他人の振り見てわが身を正せ」はどこに行ったのでしょう

お隣の国の高速鉄道での事故処理に対してなんだかんだと報道されています。

確かに『隠蔽』や『解明不足』などがあると感じます。

しかし、転じて福島原発事故を考えると、構図は同じと感じてしまうのでは私一人でしょうか。

隠蔽体質、本当のことが語られていない、信じられない、など多くのことがレベルは多少異なるとはいえ、同質と考えれられるのではないでしょうか。

わが国のマスコミに国民が、お隣の国はこれからの国に位置づけられるのだからとの考えを植え付けられているとしたら危険極まりないと思うのです。

他国のことだと片付ける前に、同じようなことが先進国と呼ばれているわが国でも
汚職をはじめ、同じ構図が存在してしており、正して行かなくてはならないことだと、他国の振り見て正して行くことが重要と思うのです。

何かこのような視点が欠けていると思うのです。

是非、他国の事件を他国のこととして捉えるのではなく、自分達も自国で同じようなことを行っている事に片部を担いでいるのではと感じることだと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-07-25

代議士の世界にもヒアラルキーの導入を

毎日与党の個々の政治家が一つの問題に異なる意見を述べる場面が報道されています。

確かに自由に発言できる環境は重要です。

しかしながら与党という枠をはめられた方々にはただそのように感想を述べることはできません。

トップの、ここでは首相ですが、言うことに皆の前で単純に反論することはあってはならないのではないでしょうか。

情報なりを補足しながらの発言であったら許されることかもしれませんが。

原則は反論なりは組織内部の問題として、公表される前に幹部間で話合いが持たれるべきと考えますが。

いかがでしょう。

もしかすると現在の首相はそのような行為をしていないから、直接マスコミの前で発言しているのかも知れません。

しかし、このようなことはヒエラルキーを持った組織ではあり得ないことでしょう。

弊害はあるとしても組織としてはそうなくてはならないと思います。

内閣という組織は外見はヒエラルキーを持っていると思うのですが、代議士の頭の中、および体の中にそのような観念が存在していないのかも知れません。

組織の中で働いたこともなく、管理職として幹部になったことも少ない経験の持ち主が多くなった政治家集団になってきているので、そのようなことが想起できないのかもしれません。

まったくあって欲しくない状況ではないでしょうか。

いまこそ組織的な智恵と行動力が必要な時期です。

現在のような組織ではその体をなしていないと感じます。

是非ちゃんとしたヒエラルキーを導入することが必要と思うのですが。

いかがでしょうか。

2011-07-19

政策論に誘導を

首相の退陣論ばかりに注目されているマスコミの方々よ、政策論への誘導をしていただきたい。

『誘導』と言う言葉にはマスコミの方々は敏感で、まずいことと感じられるでしょう。

別に誘導を言いたいのではありません。

現在のような状況のわが国にとって、退陣論も去ることながら政策論こそ必要であるとの見識を展開していただきたいのです。

今まで与党であった野党の皆さんと、その野党の方々を支えてこられた官僚の方々に現在に至らせて来た今までの政策の問題点と卒業すべき政策と、今後に向けて方向転換すべき政策、新に立案すべき政策を提出すべきと追求していただきたいのです。

今の与党だけをターゲットにして追求しても、連続性がある政策などは追求しきれないはずです。

是非この辺りの見解もつけた上で、展開いただきたいのです。

このような追求がないために政治から遠ざかる方々も多いと思うのです。

引き止めるためにも是非、マスコミの方々の行動を期待したいと思います。

2011-07-18

顔がよくないのは何故なのでしょう

最近の代議士、一流企業の社長をはじめに幹部の顔がよくないのはなぜなのでしょう。

造作がわるいと言っているのではありません。

先ず表情なりがわるいと思います。

そして貧相に感じます。

いままではよく、人の上にたつと顔がよくなっていく、などと言われたものです。

しかし昨今はあまりそのような変化が感じられません。

どうしてなのかと首をかしげてしまいます。

首相近傍も同じ感じです。

どっちかと言えば、顔がどんどん悪くなってきているように感じます。

いかがでしょう。

成長がないからでしょうか。
それとも顔がよくなるようなことを、されていないからでしょうか。

それとも自信がないからでしょうか。

今回の九州の電力会社の幹部もその中の方々なのでしょう。

前々回の日曜日の、TBSの朝10時からの番組で寺島氏が「地方の電力会社の幹部には教養があり、すばらしい方々が多い・・・」と発言されていましたが、何が言いたかったのでしょう。

あの顔からはそのようなことは微塵も感じられませんが。

いかがでしょう。

2011-07-14

燃料という言葉は原発には不適合な表現ではないでしょうか

日々原発の安全性を問う論調がマスコミに多いですが。

本当にこのことを問い続けることに意味があるのでしょうか。

たとえ現時点で安全性が確保されていると判断されても、今回のようなことが起きれば全く意味がないのではないでしょうか。

どなたかが「未解決の技術である原発・・・」と表現されていましたが、まさにこの表現こそが当っているのではと思いはじめました。

つまり、安全と宣言できたとしても、原発の燃料(実際は燃えているのではないのでこの表現は妥当でないと感じています。核分裂用材料と言えばその危険度が表現できるのではとも感じていますが。)は管理し続けなくては(水なりで)使用済みの燃料であっても発熱し続けること、汚染水にある放射性物質はなくなることはなく、数字年から数百年かけてその性能が半分になるという物質です。

つまり『燃料』という一般的な言葉からは想像しきれない物質なのです。

『燃料』という表現こそ、この核分裂材料を隠蔽する表現なのではないでしょうか。

一般的に燃料といえば、燃えつきれば灰になり、廃棄処理ができるように感じます。

また何かあれば水などをかけて消すことができるように感じます。

さらに事故がおきても水なりをかければ収束できるようにも感じます。

つまり、『燃料』という言葉に惑わされているのです。

今後、原発の話をする際には是非この『燃料』という言葉から変えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-07-05

政府の発表に限界があるのであれば有識者にお話願がうのが重要

放射能の安全性、原発の状態、避難地域の決定な、政府の発表に不信感を抱いていると沢山報道されています。

このことに対してコメンテーターの方々は、その報道に対して一般庶民のように非難するだけでなく、政府見解のいろいろな面への影響があることから限界があるとのことを話していただくことも必要ではないでしょうか。

その際、重要なことは有識者から政府が発表できないであろうことをお話いただくことだと思うのです。

現在のTVなどのマスコミでは、まず政府なりを「駄目だ」と批判してからお話になっていることが多いように思います。

そうではなく、「政府は各方面への影響度を考慮して発表できない数字があると推察しています。」と先ず枕詞なりをお話いただいた後に、「斯く斯く然然の数字が出ていることから・・云々」とお話していただくことはできないものでしょうか。

公式見解はそのようなものと理解を求めることが必要と思います。

つまり、官僚はいままでそのように発表して来たのです。

またこれからもその姿勢は変わることはできないと思うのです。

そうであれば、知識と分析力と推察力を持った有識者から本当のことをお話していただきたいのです。

いかがでしょう。

このようなことをしていただかない限り、本当の姿を知る術がないと思うのですが。

是非期待したいと思います。

2011-07-01

原発再開するにしても何かメッセージが必要なことが分らないのでしょうか

原発を再開しようと与党は働きかけていますが、何かメッセージが必要と考えないのでしょうか。

つまり長期的な考え方があって、当面の再開があると考えるのが妥当ではないでしょか。

市民活動家出身の首相でありながらそのような行為がないのはどうしてなのでしょう。

長期展望なんて考えてないと言ってしまえば、寅さんではありませんが、「それを言っちゃ・・・・よ」てなことになってしまいます。

ご本人が感じられていないても、まわりにスタッフがいるのですから、どなたかが進言すべきと思うのです。

例えば、「原発は科学的に見て完全に安全と言い切れないことが多い発電方式である。したがって中期的には代替エネルギーに変換することが必要と考える。しかしながら現在のわが国産業構造を考えると即座に代替エネルギーに変換することは技術的にみて困難である。したがって当面は代替エネルギーへの変換と並行して安全性が確保され再開が可能な原発を再開させたい。」てなことを発信すべきではないでしょうか。

中期的な取り組みでは、原発の廃止につながるメッセージを発信しつつ、短期的には代替エネルギーと並行して必要最小限の原発を再開する、と言った基本的な考え方を発信した上で、担当大臣から原発を有する県に働きかけることが重要と思うのです。

会社でも、どこでもそのような位置づけをもとに、何かをするということが行われている思うのです。

現在の首相は勤めたこともないから、この辺りのことをご存知ないから、あきれられている現在のような行為しかできないのでしょうか。

皆さんはいかがお感じでしょうか。

是非、この辺りのことを側近のスタッフは進言すべきと考えますが。

いかがでしょうか。