2010-08-29

表面から分ることではないことをコメントしてもらいたい

現在TVに出演されているコメンテーターの発言は、プロでないわれわれが毎日、新聞やTVを視聴して感じていることと同じようなことを逸脱していないように思うのですが。

いかがでしょう。

民主党の政策実行のことでも、無策だとか、政治主導になっていないとか、政策議論ではなく政争ばかりやっている時期でない、とかのコメントばかりです。

このようなことはプロでないわれわれでも毎日、新聞、TVを見ていればその程度のことは分かります。

このようなレベルのコメントではあれば不要です。

プロであれば今まで見てきた経験から、このような状況を向け出すためにはこの法律をこのように改訂することが必要であり、早期解決は困難ですが、このレベルの状況変化のためには、法改訂を必要としないことから、早期実行を期待したい、とか発信していただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

このような発言をしないコメンテーターはわれわれに情報発信していただきことは、お断りしたいと思います。

マスコミにおられる方々に言いたいことは、「早く気付いてほしい」と言うことです。

国民の一割は今までのレベルのコメントにウンザリしていることを感じていただきたいのです。

よろしくお願いいたします。

2010-08-10

何故やらないのか、から、何故できないのかへ

何故多数与党になったのに、躊躇しているのとかいう疑問ばかりが出てきてなりません。

確かにやりたいことは法の改正が必要であり、ねじれている現国会では、た易く立法化できないと読まれているのかも知れませんが、やりたいことへの行動はあってしかるべきではないでしょうか。

何か現在、何をしているのだろうとの感想のみを持たざるを得ません。

法改正を伴わなければできないことと、法改正を伴わなくてもできることを仕分けして国民に提示すべきです。

法改訂が必要なものは、どのような法改訂が必要なのかも示すべきです。

法をどのように改訂するかの内容に入る前に、どの法律がどのようになっているので、これがネックで思ったことができないとの観測も示すべきです。

このような行動を期待しているのです。

確かに行動だけでなく、結果を出して欲しいのは当たり前ですが、その過程も見せてもらいたいのです。

マスコミが現在報道しているようなことは、あえて言えば、いりません。

どうしてできないのかを国民が判断できるようしていただきたいのです。

国民の2,3割はその辺りのことを知りたがっていると思います。

是非、議員の方々は国民をばかにすることなく、さらけ出していただきたいのです。

今までの国民とは異なることを自覚すべきです。

いかがでしょう。

2010-08-08

家庭内の議論の方が上手かも

日曜朝のTBSの報道番組やフジテレビの報道番組などに出演されているコメンテーターの話されている内容よりも家庭内で話している内容の方が何か的を射ているように思えてなりません。

数多くのコメンテーターが出ていて、専門家として発言されてはいるのですが、その内容が薄いのです。

つまり、どこもかたでも話されている内容を繰り返し述べているだけに感じるのです。

専門家としてその辺で話されている事柄を補足してくれるような内容がないのです。

専門家であれば、「一般の方はこのようなことを口されるようですが、このようなことではなく、専門的にはこのようなことが軋轢になって、政治家は発言できないし、発言するとこのような影響があり、発言することが得策ではないのです。このようなことは何年のだれだれが首相であった時のあの発言があります。」とかを話して欲しいのです。

ただ、我々と同じようなことを裏付けする例を話すことなくコメントしていただかなくても結構です。

是非、我々が家庭内で話をしている内容のレベルでない話題を提供していただきたいものです。

いかがでしょうか。

2010-08-06

与党が行うべきこと

ねじれ国会と呼ばれていますが、やれることがあると思うのですが。

何かといえば、こうです。

国会にかけずにできることと、国会にかけないとできないことをわけ、国会にかけずに行えることで成果をだすのです。

高級官僚の天下りの件や、独立法人の扱いなどがあると思います。

さらに報酬の改訂などもあると思います。

是非このあたりのことをマスコミの方に言っていただきたいと思っています。

国会ばかり当てにする成果ばかりを与党支持者は求めていません。

ぬくぬくと高い報酬なり、それなりの報酬をもらっている方や、そのような構造に長い時間造り上げてきた、放置してきた今までの与党に憤りを抱いているのです。

格好よいことばかりでなく、着実にいままで気付かれずに、ぬくぬくしてきた構造を、抜本的に切り崩してほしいのです。

あまりにも一般的なサラリーマンと異なる処遇をです。

是非、与党方々で検討することができ、実行できることから成果を出していただきたいと思います。

いかがでしょうか。

2010-07-11

開票前に言いたいこと

2人区に2人の候補者を出した元の幹部の戦術は次のようなことではなっかと思い始めました。

約1時間後にはわかり始めると思いますが。

元の与党の組織票は、いろいろな戦術を使って切り崩してきたとの自負があるだと思います。

そのように考えると、あとは浮動票の確保になります。

つまり、2人区に無理して出しているのはその浮動票の獲得のためと感じるのです。

無理しても出すのは2人受かるようにしたのではなく、浮動票の獲得と同時に比例の政党票を獲得するためのように感じるのです。

そうすれば、元の与党への票は減るはずです。

それを期待しての戦術なのではないでしょうか。

そのように考えると無理をしてまで、このようなことを画策するのは戦術家であれば十分考えれるのではないでしょうか。

このような読みが当たっているかは、もうすぐ結果が分かります。

是非、結果を見てみたいと思います。

2010-07-08

天下りの扱いについて

天下りを禁止するとの主張がされ、実態は天下りしている現状を見せられていますが。

天下りを禁止するとの考えは、天下り先の仕事の内容に問題があるからでしょう。

そうしたら、今回の国土交通省のように天下り先の組織をなくすことが一番適切な対処法でしょう。

そうは言っても、すぐにそのような処理ができない場合には、天下りをさせないのが次のてでしょう。

それでも天下りをしている現状を踏まえますと、天下り先での処遇のありかたを是正すべきでしょう。

例えば、天下った場合には報酬を天下り時点(省なりでの)での報酬の5割減なり、3割減なりを行うとともに、既に天下っている方々の退職金を0円にすることが必要と思うのですが。

いかがでしょう。

各独立法人の報酬支払規約をHPなどで見ますと、いずれの独立法人も同じ文面の規約を利用しています。

ですから、どこかの独立法人でしかるべき報酬の支払に関する規約を導入させることができれば横並びで導入するようになると思うのですが。

いかかでしょう。

現在の規約では、あのように高額の報酬が支払われていることや、何年も勤務することなく高額の退職金が支払われていることは記載されていません。

この辺りも明示するように指導することが必要とも思うのですが。

2010-06-17

地方分権、道州制との話がありますが

今回の宮崎の口蹄疫の問題に、国が云々と発言された方がおられましたが。

地方分権、道州制が叫ばれている昨今、何か違和感があるのは私一人でしょうか。

今回の問題は宮崎県独自の状況に依存していると思うのですが。

牛、豚の日本屈指の生産地であり、まさに地方分権で一番守らなくてはならない課題だったのではないでしょうか。

県知事が主張すればするほど、地方分権とは何をいっているのか、と言うことにはならないでしょうか。

まさに宮崎県が持っている独自の事柄であり、国に言う前に、とは言わないまでも国に言うと同時に県に言うことでしょう。

地方分権とは地方のことを一番よく知っている行政が第一に守るべきノウハウなりをっ保有しているべき事柄でしょう。

日本屈指の生産地なのですから。

ところが地方にもノウハウがないとしたらどこにあるべきと言うのでしょうか。

また国にでしょうか。

確かに国にもあってしかるべきでしょう。

しかしながら屈指の生産地であるところが一番にこのような問題に対するノウハウを収集・蓄積して、事が起きた際に、先ず活動に生かせるようにしていることが必要だったのではないでしょうか。

このような地方の行政の有様を見せられますと、地方分権って何を地方の首長は言ってきたのでしょうか。

一度、地方の行政の方々は、これを機会に再考していただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2010-06-14

何が測定できているのでしょう

先日までの与党の党首は天下の東大を卒業し、さらにスタンフォード大学の博士をとった人材で、あの有様。

学校のテストでは、よい成績だったから東大に入れてたのだと思います。

そうすると俗に言う、学校の成績がよいと言うことと、ビジネスパーソンあるいはリーダーとして優秀との相関関係はあるのでしょうか。

疑問がでてきました。

中央公論の5月号で外山滋比彦氏が学力が記憶力ではおかしいとのことを書かれています。

学力とビジネスパーソンとして優秀との相関はないように思えます。

確かにサラリーマン生活でも世間で優秀と言われている大学を卒業されていても、ビジネスパーソンとして業績を上げられているわけではありませんでした。

どこの大学を出ていることとは関係なく、優秀な人材はいました。

このような事例を目の当たりにして、今まで学校の成績がよい人材とは何の能力が優れていると言えるのか、知りたくなりました。

是非この辺りのことを、長年教育を実践されてきた方々に発信していただきたと思うのですが。

いかがでしょう。

テストの成績がよい方々は、社会の人材として何が優秀と感じておられるのかです。

よろしくお願いいたします。

2010-06-08

二人区への二人擁立の読みですが

元の幹事長は次のような読みをしているのではないでしょうか。

一人擁立であれば一人当選すると考えていると思います。

さらに二人擁立すれば得票は一人擁立に比較して1.5倍以上の得票ができると考えているのではないでしょうか。

二人とも落ちたとしてもです。

チェーンストアが店舗を出せば、その数に比例して売り上げが増加するのと同じ論理です。

二人とも落選したとしても比例区の当選する数は増える可能性があるのです。

リスクはありますが、二人落ちても比例区で一人増えれば、差し引き一人です。

二人受かれば、さらに比例区に有利となります。

このような論理で考えているのではないでしょうか。

この辺りをコメンテーターの方から解説していただきたいと思うのは私一人でしょうか。

場合によっては二人目の候補者は自分の声かかりの方ですから、受かれば自分のコントロール配下の人が増えると考えているのかもしれません。

このようなことは考えたくないですが。

しかし、どなたにもコメントしていただかないので、分かりませんが。

いかがでしょうか。

2010-06-04

お金のかからない政策を優先して

あっけなく読みははずれてしまいました。

今度の首相には、お金のかかる政策ではなく、かからない政策を実行いただきたいと思うのですが。

TVのコメンテーターの方もおしゃっていましたが、今まさにお金を必要としない政策を着実に実行すべき時期だと思うのです。

例えば、独立行政法人の停止です。

必要なものが見えるまで停止して、必要なものを再開するのです。

また、天下り官僚の報酬の50%減と、退職金の廃止です。

プロパーの方は対象にしないのです。

また、代議士報酬の30%減と定員の20%削減です。

自らも正すことが必要です。ぬくぬく居るのはおかしいです。

などなどお金を必要とすることでなくとも現在多くの国民が問題と思っておられることが多々あります。

是非この辺りのことを今度の首相には実行していただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2010-05-31

まさかの読み

他の方も同じようなことを言っておられますが。

まさか首相は沖縄の方々が基地を容認しない世論を作っているのではないのでしょうね。

首相の博士論文の考え方で言えば、勝つためにはそこに至るまでの条件を造り上げることが必要ということになると思います。

助教授時代に大学でそのような講義をしていたと思うのです。

そのような条件を仮説に立てて考えますと、次のようなことが考えられます。

まず沖縄の方々に、個々の方々の支持政党にかかわらず、
・基地を新に造らせない。
・既存の基地を他国に移設させる。
の世論を作る。

その上で、米国と沖縄県内での基地移設を行うことを約束する。

その後、日米安保条約を検討する。

このようなシナリオです。

これはあまりにも飛んだ捉え方過ぎるでしょうか。

今後どのようなことに進んでいくか、是非見守って行きたいものです。

2010-05-24

独立行政法人に現在の有様にしたのは

事業仕分けでお金の使い方や理事の報酬などが問われ、あきれるような状態があかされていますが。

このような有様になった原因はどこにあるのでしょう。

当事者である高級官僚にも問題があると思いますが。

当事者は問題があることに気が付いていてもなかなか自己否定できない存在であると認めますと、他のことにその原因を求めることになります。

大きな要因はいままでの政党でしょう。

政治、つまり、今まで与党であった政党の大臣なりが放置したことにあるでしょう。

放置でなければ容認であり、場合によっては貢献度に応じた処遇の提供でしょうか。

いままでの代議士の多くは高級官僚あがりです。

ですから自分等を支援するような施策を企画し、実行してきた元の仲間である官僚に殊遇を提供する構図だと思うのです。

ゼネコンが代議士にお金を還流する構図と全く同じです。

このような構図は江戸から明治の時代になった時から継続していると推定されます。

俗に『偉い人』にはべらぼうな処遇が与えれる構図がまかり通っていたのです。

これがわが国の構図として残存しているのだと思うのです。

このように考えると、今のような有様は簡単に理解できると思うのですが。

いかがでしょう。

現在は正に、このような継続を断絶するチャンスだと思うのです。

是非多くの方々、会社で管理者を経験されてきた方々は、今自分の行って来たことを公に公表するのではなく、自分の周りに構図として喋ってもらいたいと思うのですが。

皆さんが経験されてきたことは、だれも知らないと思います。

是非、身近な方々にお話下さい。

例えば、管理者になると自動的に元の与党の党員にならされ、年間1万円程度の党費を給与から天引きされることや、政治家の秘書に国が発注した案件の受注額の5~10%が求められることなどを。

2010-05-22

道州制は危ういのでは

今回の宮崎のコウテイ病の初期対処の報道を視聴していますと、道州制の危うさを感じてしまいます。

今回の発病への対応は、国のマニュアルではないでしょう。

経験してきているのですから、地域のマニュアルを優先するのが妥当ではないでしょうか。

自分達で対応してきたことをベースにしたマニュアルがあったそうですから、それを優先するのが地域に密着した、地域に合った対応ではないでしょうか。

もしも地方の方々が国を優先するような行動をとられるようであれば、道州制を早期に導入することは、妥当でないのではないでしょうか。

道州制を訴える首長を持っている県ですから、まさに今、実践することが重要でしょう。

確かに補償などの金銭面の対応は国レベルの問題だと思います。

しかし、病気への対処はまさに、その地方地方で地方に合致した方法で行うことではないでしょうか。

道州制は、まさに地方が主体になって考え、行動することが必須なのではないでしょうか。

道州制なりを推進している首長の県でも、このような状況を見せられますと、早期導入の前に、プレ導入期間が必要と感じるのは、私一人でしょうか。

2010-05-13

何に憤慨しているのか分らなくなっています

このところ多くの問題に憤慨している自分がいるのですが、何に憤慨しているのは分らなくなっています。

列挙しようと思ってもできない自分がいるのです。

確かに
・不正に(お金、報酬)
・リーダシップに
・報道のあり方に
・コメンテーターの方々の発言内容に
・政治家の発言内容に
・発言方法に
・政府の組織のあり方に
等々あります。

しかし、個々のことは上げられたとしても、その根本を問われても答えることのできない自分がいるのです。

何か言いたいとの憤慨感情があるのは、あるのですが、その理由を問われれば、どのように答えたらよいのか迷ってしまいそうな状況です。

昔なら理由もなしに「ナンセンス!」と叫んでいたかもしれません。

しかし、当時よりもいろいろなところの情報公開に接して、あのころの憤慨内容と異なっていると自分で感じるのです。

もっと真に迫った憤慨のように感じるのです。

しかし、何に憤慨しているのか整理できない自分もいます。

この辺りも探りながら問題提起ができたらと考えています。

2010-05-10

サプライズを期待するのは私一人でしょうか

本日付の新聞広告に、普天間基地の問題への新しい展開への可能性のあることを示唆するような題字がありました。

5月末のサプライズはあるのでしょうか。

田原氏もブログで首相が安閑としていることに驚いてるようなことを書かれていましたが、何かあるのかと信じてしまいそうです。

今日の昼12時からTBSの番組に週刊誌で首相のブレーンの一人と書かれていた方が出演して、週刊誌で書かれている「九州ローテーション方式」をお話になっておられました。

一方、ここにきてマスコミの論調が変わってきたいることも感じておりますが。

いかがでしょう。

何も解決策を提示することなく、ただ批判をしてきた姿勢から、代替案らしきものを話題にいれるようになってきたのではと感じるのです。

ここにも何かあるのではと勘ぐってしまいます。

首相のプロフィールからみて、現在のような有様は明らかに違和感があると感じます。

いかがでしょう。

是非5月末のサプライズを期待したくなる状況になりつつあるのですが。

皆様いかがでしょうか。

2010-05-07

私にやらせて下さいと何故だれも言わないのか

ビジネスパーソンとして変ではないでしょうか。

何か解決すべき問題があるとき、「私にやらせて下さい」と言うのがビジネスの世界では常識ではないでしょうか。

どうして政治の世界ではそのような方が出てこないのでしょうか。

同じ与党の中でとやかく言っている場合ではなく、気付いた方が自分から行動して解決していくことが必要ではないのでしょうか。

勿論お一人で今回の基地の問題など解決することは困難でしょう。

しかし、そうだからこそ一人の方から声を上げて欲しいと感じるのです。

そうすれば協力者として、どなたかが出てくると思うのです。

何故このようなことが起きないのでしょう。

また、マスコミも、コメンテーターの方の中にもそのような発言をされる方がいらっしゃらないのは何故なのでしょう。

言い続けることではなく、山口教授ではありませんが、「はいずりまわって」解決する方の出現を待っているのです。

是非、発言するだけでなく、自ら交渉を行う姿勢をとっていただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

外務官僚に頼るのではなく、政治主導を発揮していただきたいのです。

2010-05-06

真のアドバイザーがいらっしゃらないのでは

発言の内容、仕方を相談できる真のアドバイザーがいらっしゃらないのではないでしょうか。

あまりにも首相は地位が高く、学歴も相当な方で、生活レベルも相当一般人とは異なり、云々とアドバイスしにくいポジションの方でしょう。

ですからやたらの人ではアドバイスできないと思うのです。

反対に首相の方からも、やたらの人に自分の考えを言い、アドバイスを求めるこも困難でしょう。

そのように考えると、自分だけで考えて発言しなくてはならない状況なのでしょう。

自分で考えて言ったのだとしたら、あまりにも稚拙ではないでしょうか。

腹を割った話ができる関係の人を持っていないかもしれません。

親友もいないのではないでしょうか。

親友であれば何でも直球で話ができるはずです。

そのような関係の方をもっていないとしたら、あのような発言もあるのかも知れません。

このように考えると、奥さんの存在が大きなものになって来るでしょう。

あの方はどのように言われているのでしょう。

知りたくなってしまいます。

いががでしょう。

2010-05-05

あれが理由とは?

基地を移せない理由があれですか、という感じです。

ご自分で考えた理由なのでしょうか。

そうだとすれば、残念でなりません。

東大を出て、スタンフォード大で博士を取得した方の考えた理由としては、あまりにも配慮が足りないのではないでしょうか。

あのような理由を会社の幹部説明で、自分の企画した提案を通そうとしたら、「おまえ!、何を言っているのか」と喝を入れられ、提案は却下されると思うのですが。

皆さんいかがでしょう。

あのような内容で理由だと思う方だとしたら、ビジネスパーソンとして、実務家として失格の烙印を押されてしまうのではないでしょうか。

そういえば今度の与党の方々は会社務めをしていない方々が多いと思いますが、まさか皆さんがビジネスパーソンとして疑問符を付けられてしまいそうな方々ではないでしょうね。

そのように感じてしまいまうのは、私一人でしょうか。

これからの政治家は、ビジネスパーソンであり、実務家であること必須ではと考えてしまいます。

いかがでしょうか。

2010-05-03

「辞任すべき」にいろいろな理由があると思うのですが

「辞任すべき」との言葉ばかりが強調されていますが。

この言葉には幾つもの理由があると思うのですが。

・責任があるから
・管理監督すべき立場なのだから
・証拠云々ではなく、圧力はかけているに違いないから
・与党の人気に悪い影響があるから
・選挙に影響するから
・襟を正す姿勢をみせべきだから
等々

このような理由は必ずしも同じ事を意味していません。

つまり、「辞任すべき」として一つにすべき事ではないはずです。

しかし、マスコミでは全てを一つに収束しているように感じられます。

世論をそのように仕向けているのではと感じざるを得ない状況です。

一方辞任させればうやむやになってしまい、解決にならないと考えられる方々もいらっしゃるでしょう。

このように考えますと、今は「辞任させよ」との方向ばかりでなく、事の内容を明確にして政治の世界から同じような構図を一掃できるような方向に進めるべきと思うのですが。

いかがなものでしょう。

2010-05-02

誰かが言ったことのリフレインでは

テレビの報道で、一般の方に政治などのコメントが求められると、どこかで聞いたような表現がされていることをお感じにならないでしょうか。

たとえば、「ぶれている」とか、「辞任すべき」だとか、「米国との関係が・・・」とかです。

このような表現には、あまり素人の意見として表現されたようには感じません。

私であれば、「なぜ毎回表現を変えるのでしょうか」とか、「辞任すべき人はお一人なのでしょうか。元の与党、現与党の中に同じようなことを行ってきた多くの方々がいらっしゃるのではないでしょうか」とかのコメントになります。

つまり、マスコミに取り上げられる素人の方々の意見は、テレビの多くのコメンテーターなり、アナウンサーなりが使っている言葉を、あたかも自分の意見のように感じて発言しているのではと感じるのは、私一人でしょうか。

マクルーハンではありませんが、テレビから発信される言葉は人々に大きな影響を与えることが分かるのではないでしょうか。

このことを裏返せば、マスコミの報道なり、コメンテーターがあまりにも紋切り型の報道なり、コメントなりを行っていることも分かると思います。

このように考えると、コメンテータの方々には是非どこかで耳にした言葉で発言されるのはなく、自分なりの表現で的を射た、またはご自分のご経験からの発言をお願いしたいと思うのですが。

いかがでしょうか。