2011-07-28

毎日捨てられている電力はエコの観点からどのように見えているのでしょう

今日も東京電力管内の電気予想は80%以下です。

20%も捨てられているのです。それも24時間続けてです。

とても大きな問題だと思うのです。

その間CO2も排出されいていますし、燃料も浪費されています。

エコの観点からとても問題なことだと感じますが。

いかがでしょう。

どうしてこの浪費や排出の問題を大きく取り上げないのでしょうか。

電力不足がつづくと産業が云々という報道ばかりです。

是非この辺りのことをエコの運動を行っているグループの方々から大きな声を上げていただきたいのです。

東大の先生からもリチウム電池の電力蓄積プラント建設の提言がありましたが。

原発継続を取り上げる前に、是非この毎日、24時間、20%以上の電力が捨てられていることをエコの視点で言及していただきたいと思うのですが。

出てしまったCO2は取り戻すことは困難ですから、無駄を無くすことだと思うのです。

つまり、捨てられている電力を残さずとは言わないまでも、何とか蓄積して活用できるようにするのが第一にしなくてはならないことではないでしょうか。

例えば、一つ原発プラントを廃炉にする代わりに電力蓄積プラントを一つ建築するのです。

これによって電力の確保と、雇用の創出(雇用の確保にもなるでしょう)や、こらからのスマートグリッと時代に核となるバッテリー技術の発展にも大きく寄与するものと思うのです。

いかがでしょう。

エコの観点からも是非、原発や電力確保の事柄を取り上げていただきたいと思うのですが。

2011-07-26

「他人の振り見てわが身を正せ」はどこに行ったのでしょう

お隣の国の高速鉄道での事故処理に対してなんだかんだと報道されています。

確かに『隠蔽』や『解明不足』などがあると感じます。

しかし、転じて福島原発事故を考えると、構図は同じと感じてしまうのでは私一人でしょうか。

隠蔽体質、本当のことが語られていない、信じられない、など多くのことがレベルは多少異なるとはいえ、同質と考えれられるのではないでしょうか。

わが国のマスコミに国民が、お隣の国はこれからの国に位置づけられるのだからとの考えを植え付けられているとしたら危険極まりないと思うのです。

他国のことだと片付ける前に、同じようなことが先進国と呼ばれているわが国でも
汚職をはじめ、同じ構図が存在してしており、正して行かなくてはならないことだと、他国の振り見て正して行くことが重要と思うのです。

何かこのような視点が欠けていると思うのです。

是非、他国の事件を他国のこととして捉えるのではなく、自分達も自国で同じようなことを行っている事に片部を担いでいるのではと感じることだと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-07-25

代議士の世界にもヒアラルキーの導入を

毎日与党の個々の政治家が一つの問題に異なる意見を述べる場面が報道されています。

確かに自由に発言できる環境は重要です。

しかしながら与党という枠をはめられた方々にはただそのように感想を述べることはできません。

トップの、ここでは首相ですが、言うことに皆の前で単純に反論することはあってはならないのではないでしょうか。

情報なりを補足しながらの発言であったら許されることかもしれませんが。

原則は反論なりは組織内部の問題として、公表される前に幹部間で話合いが持たれるべきと考えますが。

いかがでしょう。

もしかすると現在の首相はそのような行為をしていないから、直接マスコミの前で発言しているのかも知れません。

しかし、このようなことはヒエラルキーを持った組織ではあり得ないことでしょう。

弊害はあるとしても組織としてはそうなくてはならないと思います。

内閣という組織は外見はヒエラルキーを持っていると思うのですが、代議士の頭の中、および体の中にそのような観念が存在していないのかも知れません。

組織の中で働いたこともなく、管理職として幹部になったことも少ない経験の持ち主が多くなった政治家集団になってきているので、そのようなことが想起できないのかもしれません。

まったくあって欲しくない状況ではないでしょうか。

いまこそ組織的な智恵と行動力が必要な時期です。

現在のような組織ではその体をなしていないと感じます。

是非ちゃんとしたヒエラルキーを導入することが必要と思うのですが。

いかがでしょうか。

2011-07-19

政策論に誘導を

首相の退陣論ばかりに注目されているマスコミの方々よ、政策論への誘導をしていただきたい。

『誘導』と言う言葉にはマスコミの方々は敏感で、まずいことと感じられるでしょう。

別に誘導を言いたいのではありません。

現在のような状況のわが国にとって、退陣論も去ることながら政策論こそ必要であるとの見識を展開していただきたいのです。

今まで与党であった野党の皆さんと、その野党の方々を支えてこられた官僚の方々に現在に至らせて来た今までの政策の問題点と卒業すべき政策と、今後に向けて方向転換すべき政策、新に立案すべき政策を提出すべきと追求していただきたいのです。

今の与党だけをターゲットにして追求しても、連続性がある政策などは追求しきれないはずです。

是非この辺りの見解もつけた上で、展開いただきたいのです。

このような追求がないために政治から遠ざかる方々も多いと思うのです。

引き止めるためにも是非、マスコミの方々の行動を期待したいと思います。

2011-07-18

顔がよくないのは何故なのでしょう

最近の代議士、一流企業の社長をはじめに幹部の顔がよくないのはなぜなのでしょう。

造作がわるいと言っているのではありません。

先ず表情なりがわるいと思います。

そして貧相に感じます。

いままではよく、人の上にたつと顔がよくなっていく、などと言われたものです。

しかし昨今はあまりそのような変化が感じられません。

どうしてなのかと首をかしげてしまいます。

首相近傍も同じ感じです。

どっちかと言えば、顔がどんどん悪くなってきているように感じます。

いかがでしょう。

成長がないからでしょうか。
それとも顔がよくなるようなことを、されていないからでしょうか。

それとも自信がないからでしょうか。

今回の九州の電力会社の幹部もその中の方々なのでしょう。

前々回の日曜日の、TBSの朝10時からの番組で寺島氏が「地方の電力会社の幹部には教養があり、すばらしい方々が多い・・・」と発言されていましたが、何が言いたかったのでしょう。

あの顔からはそのようなことは微塵も感じられませんが。

いかがでしょう。

2011-07-14

燃料という言葉は原発には不適合な表現ではないでしょうか

日々原発の安全性を問う論調がマスコミに多いですが。

本当にこのことを問い続けることに意味があるのでしょうか。

たとえ現時点で安全性が確保されていると判断されても、今回のようなことが起きれば全く意味がないのではないでしょうか。

どなたかが「未解決の技術である原発・・・」と表現されていましたが、まさにこの表現こそが当っているのではと思いはじめました。

つまり、安全と宣言できたとしても、原発の燃料(実際は燃えているのではないのでこの表現は妥当でないと感じています。核分裂用材料と言えばその危険度が表現できるのではとも感じていますが。)は管理し続けなくては(水なりで)使用済みの燃料であっても発熱し続けること、汚染水にある放射性物質はなくなることはなく、数字年から数百年かけてその性能が半分になるという物質です。

つまり『燃料』という一般的な言葉からは想像しきれない物質なのです。

『燃料』という表現こそ、この核分裂材料を隠蔽する表現なのではないでしょうか。

一般的に燃料といえば、燃えつきれば灰になり、廃棄処理ができるように感じます。

また何かあれば水などをかけて消すことができるように感じます。

さらに事故がおきても水なりをかければ収束できるようにも感じます。

つまり、『燃料』という言葉に惑わされているのです。

今後、原発の話をする際には是非この『燃料』という言葉から変えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-07-05

政府の発表に限界があるのであれば有識者にお話願がうのが重要

放射能の安全性、原発の状態、避難地域の決定な、政府の発表に不信感を抱いていると沢山報道されています。

このことに対してコメンテーターの方々は、その報道に対して一般庶民のように非難するだけでなく、政府見解のいろいろな面への影響があることから限界があるとのことを話していただくことも必要ではないでしょうか。

その際、重要なことは有識者から政府が発表できないであろうことをお話いただくことだと思うのです。

現在のTVなどのマスコミでは、まず政府なりを「駄目だ」と批判してからお話になっていることが多いように思います。

そうではなく、「政府は各方面への影響度を考慮して発表できない数字があると推察しています。」と先ず枕詞なりをお話いただいた後に、「斯く斯く然然の数字が出ていることから・・云々」とお話していただくことはできないものでしょうか。

公式見解はそのようなものと理解を求めることが必要と思います。

つまり、官僚はいままでそのように発表して来たのです。

またこれからもその姿勢は変わることはできないと思うのです。

そうであれば、知識と分析力と推察力を持った有識者から本当のことをお話していただきたいのです。

いかがでしょう。

このようなことをしていただかない限り、本当の姿を知る術がないと思うのですが。

是非期待したいと思います。

2011-07-01

原発再開するにしても何かメッセージが必要なことが分らないのでしょうか

原発を再開しようと与党は働きかけていますが、何かメッセージが必要と考えないのでしょうか。

つまり長期的な考え方があって、当面の再開があると考えるのが妥当ではないでしょか。

市民活動家出身の首相でありながらそのような行為がないのはどうしてなのでしょう。

長期展望なんて考えてないと言ってしまえば、寅さんではありませんが、「それを言っちゃ・・・・よ」てなことになってしまいます。

ご本人が感じられていないても、まわりにスタッフがいるのですから、どなたかが進言すべきと思うのです。

例えば、「原発は科学的に見て完全に安全と言い切れないことが多い発電方式である。したがって中期的には代替エネルギーに変換することが必要と考える。しかしながら現在のわが国産業構造を考えると即座に代替エネルギーに変換することは技術的にみて困難である。したがって当面は代替エネルギーへの変換と並行して安全性が確保され再開が可能な原発を再開させたい。」てなことを発信すべきではないでしょうか。

中期的な取り組みでは、原発の廃止につながるメッセージを発信しつつ、短期的には代替エネルギーと並行して必要最小限の原発を再開する、と言った基本的な考え方を発信した上で、担当大臣から原発を有する県に働きかけることが重要と思うのです。

会社でも、どこでもそのような位置づけをもとに、何かをするということが行われている思うのです。

現在の首相は勤めたこともないから、この辺りのことをご存知ないから、あきれられている現在のような行為しかできないのでしょうか。

皆さんはいかがお感じでしょうか。

是非、この辺りのことを側近のスタッフは進言すべきと考えますが。

いかがでしょうか。