2011-08-27

首相の資質の要件の研究ができるのでは

五代にわたって1年程度で首相が交代した現状を踏まえると、首相に備えていなくてはならない資質の要件が研究できる環境が整ってきたと考えられるのではないでしょうか。

犯罪が起きると犯人像を描くために犯罪心理学者などがマスコミに登場して来ます。

多くの犯罪者のいろいろなデータを分析することで犯人像が描けるのでしょう。

このようなことができると信じているマスコミであれば、政治心理学者や組織論やリーダーシップ論の学者に検討してもらえば、首相の資質の要件をあぶり出すことができるのではないでしょうか。

できるできないではなく、すべきではないでしょうか。

コメンテーターのどなたかがいままでの手法で首相になるべき方々を選んだとしたらまた同じようなことになると指摘していると共に、首相を公選で選ぶことが必要ではとも言っている報道が昨日ありました。

しかし現在のような状況で公選制をしたところで国民はいままでと同じような方を選らんでしまうと予想されます。

理由はこうです。

「どなたがふさわしいと思いますか」的選び方では、何で判断すべきかの基準が定かではないからです。

同じ過ちを防ぐためにも、多方面の学者の方々の分析を元に、首相にあるべき資質を明らかにすることを期待したいのです。

データはそろってきていると思います。

明らかに5人の方々の発言、行動などが文書や映像で残っており、その時の表情、反応なども同時に入手できるからです。

これらのデータをもとに、是非首相の資質の要件を明らかにすることをマスコミの方々に仕掛けていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-26

マスコミの皆さん! もういい加減に卒業して

今日も「首相にふさわしい人は?」と街頭で聞いている場面が報道されています。

もうこのようなことは卒業して欲しいものです。

このようなことが国政選挙や党首選挙でも行われているのでしょう。

このような選び方で5代もの首相があの有様だったはずです。

つまり、ふさわしい人とはとの問いに応えるような選び方では成功しなかったことを経験してきたのではないでしょうか。

公約を聞いてなどという方々もいます。

しかしながら、この公約も当てになりません。

このような経験則から今後の対応を考えるべきだと思うのですが。

いかがでしょう。

一つ提案ですが。

資質を問うことをおやりになったらいかがでしょう。

つまり、「首相としてどのような資質を持っている方が必要でしょう」と先ず聞いて、「このような資質を持った方はどなたでしょう」と聞き出すのです。

国民はよくみています。

あなどらないで下さい。

是非いままでのような質問をすることなく、今後につながる質問をしていただきたいと思うのですが。

2011-08-23

今度は資質を考慮した選任が必要では

いろいろなところで首相が1年ごとに変わるわが国のあきれた有様が報道されています。

この原因には多くの要因があるのでしょう。

しかしながら、現在はそうばかり言ってはいけない状況ではないでしょうか。

ここ5代にわたってこのようなことが何が原因で起きてきたのか、代議士の皆さんに胸に手をあてて考えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

いままでの首相の有様を見てこられた方々に、これから首相に選ぶべき方の資質の要件を明らかにしていただきたいと思うのでは私一人でしょうか。

政策論、経験、語り、語彙など必要なことは多々あると思います。

ここを言及する前に資質を考えるべきと思うのですが。

大きな枠組みの中で、今を位置づけ、何をしなくてはならないかなどのを語ることができる構想力や、行政の長として官僚などを鼓舞して何をさせるかを語ることができる指導力などあるはずです。

最低限この二代の与党の長をまじかに見てきてい方々なら感じておられるでしょう。

是非、今回はこの2代の方々と同じ穴のムジナだけは選ばないようにしていただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2011-08-21

今こそ電力中央研究所の出番では

福島原発では汚染水の浄化システムが稼動していますが、設置してから何度も不具合が起きてシステムダウンが発生しています。

これはシステムが設置されたとしても完成品とは考えられないことから、ある程度はいたし方ないことだと思います。

つまり、完成品(製品化)にするためには現場で動作確認のための試験が必要なのです。

反対に言えば、製品化には時間をかけた現場での試験が必須なのです。

いかなる製品もこの試験をして市場に出しているのです。
(この試験をいい加減にして不具合を出しているケースもありますが)

日本のロボットがなかなか事故現場で活躍できていなかったこともこれが原因です。(研究者から分り易い本質的な説明はいままで報道されていませんが)

一方、企業の研究機関の研究成果であるプロトタイプシステム(原理を確認するレベルのシステム)は、普通、製品にするために長い時間をかけた現場でのシステム動作確認試験を行い、不具合を改良して製品として世に出すのです。

現在福島原発の事故現場は、言い方に語弊があるかもしれませんが、現場での動作確認できる環境と考えられるのです。

ここで提案です。

この現状を負に捉えるのではなく、今後の事故対応のための技術、防護服、システムなどを用意するための研究成果の動作確認環境と見做し、活用するのです。

そういう意味では、まさにこの機会を使って原発事故対応の技術をできるだけ早く、現場で使える製品レベルのものを用意できるようにすべきと考えます。

是非、電力中央研究所の皆さんも今年度の予算内容を急遽変えて、原発事故現場で必要となる技術を現場で動作確認することを考えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-13

国会議員のすべきこと

国会などで大臣がいろいろなことを問われ、指示が悪いとか言われています。

また公務員があらぬことをしているような報道があります。

これらはあたかもその人の資質にかかわる問題のような取り上げ方が多いのではないでしょうか。

確かに、あらぬ発言や、あまり意味のない行動などはそれに当ると思います。

しかしながら、制度に関することや、公務員の行動や判断に智恵が出ていないことなどは必ずも個人の資質だけを問題にしても解決できないと考えはじめました。

特に公務員がらみの行政に対する批判は個人の資質を問うことに意味がないと思うのです。

それは、公務員が個人の智恵で行動や判断をしていないからです。

彼らは法律(政令、条例なども)に則って判断・行動しているのです。

法律にないものはしないし、判断しないのです。

個人としてはできることでも、公務員としてはできないことになるのです。

つまり、公務員に何かしてもらうようにするためには法律を準備することが必要なのです。

個人を責めることではありません。

そこに法律を制定できる国会議員の出番があるのです。

国会議員は官僚を叱る前に法律を作ってしまえばいいのです。

しかし、国会議員は原案作成を官僚側に投げてしまっているのが現状だと思います。

ですから、どうしても官僚の都合のよいものになりがちになるのです。

ということは代議士が作る、議員立法が重要になります。

ここに代議士の使命があるのです。

スローガンやマニフェストを立法化することです。

ここに衆議院と参議院の過半数を確保することが重要になることにつながるのです。

そういえばこのようなことを誰かが声高らかに言っていた記憶はないでしょうか。

もしもこのことを指摘して言ってくれたら、もっと気付く方々がもっと増えたかもしれないな、などとも考えています。

それはさることながら、国会議員の方々に言いたいことは、官僚をしかることではなく、早く実行したいことを法律化できるように行動することであることに気付いていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-10

国内での搾取の構造が問題?

知り合いの方から「我々の賃金は時間1000円にも達しないのに、親会社の人たちの報酬、ボーナスをどうしてあのように多額に支払うのか矛盾を感じる」と聞いたことがあります。

親会社の社員の給与に比べて、下請け、孫請けの仕事に従事されている方々の給与はあまりにも低いと言うのです。

1000円にも満たないようです。

知り合いの主張は、このようなことが起きないように社会構造なりを変えて行かなくてはならないのではとのことでした。

このことを聞いていましたの、8月7日(日)BSジャパンの『勝間和代#デキビジ』

を観ていましたら勝間和代氏から次のような発言がありました。

「大企業は中小企業から搾取して社員に多額の報酬を払っているこれを正さなくてはならない」

いままでテレビの討論番組でもこのような発言は聞いたことがありませんでした。

皆さんはいかがでしょうか。

町工場で働いておられる方々の現状を報道する番組などを観ていますと、確かに賃金を低くしてコスト低減しないと親会社からの要求に応えられないとのインタビューが多く流されています。

そのような方々からだけの報道を観ていると、日本全部の働き手がそのような状況に置かれているとの錯覚を抱きます。

しかしながら、このような賃金を基盤として、上部の組織では、俗に言う親会社では高賃金が支払われていることが多いのです。

「搾取」はきつい言い方かもしれませんが、下請けをたたきに叩いて自分達は高給を取っているのは事実です。

このような状況をどのように是正して行くのかも今後の大きな課題だと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-08

所さんの目がテンを見て感じたこと

7月30日放送の『所さんの目がテン』で美術の鑑賞の話で興味深い話題がありました。

日本人とフランス人とで絵画の鑑賞の仕方が異なるという話題です。

日本人はゴッホの『ひまわり』とか、ムンクの『さけび』などという、有名絵画の画家の名前と作品名を知っている人が多く、フランス人は画家や作品の名前は知らない人もいますが、作品に対する印象を言葉に出して多くを語れる人が多いとの報告です。

日本人は自分の印象は語れず、作品名や画家の名前を話される人が多いとの報告でした。

「教育の仕方が異なるからか!」と感じました。

これほど詰め込み主義の教育が批判されているのに、このありさまかです。

絵画の分野でです。

考えさせられました。

絵画といえば、先日長野県の有名な公園に行く機会があり、同じ入場券でその近くにある文化勲章をもらった画家の美術館に入場できるというので、鑑賞して来ました。

そこにはセザンヌの松?、ムンクのさけび?、との印象の作品が飾ってありました。

文化勲章をいただいた画家の作品でです。

昔文壇はどうのこうのとの話が報道されていたことの記憶があります。

しかし、絵画の世界ではあまり話題に上げられていません。

ところが絵画の世界は江戸時代までのものと異なり、明治時代からこのかた、ルオーだったり、セザンヌだったりするような作品が評価されているような感じの作品が多いように思いますが。

いかがでしょう。

どうも原発の世界だけでなく、他の分野も言えない雰囲気があるのかとつくづく感じさせる夏です。