昨日も不可解な殺傷事件が報道されました。
このような事件が起きるとすぐに裁判のことが思い浮かぶのはないでしょか。
その時は「裁判で真実を明らかにしてもらいたい」,そうすればこのような悲惨な事件は起きなくなるのではと思うのではないでしょうか。
そうなのでしょうか。
裁判はそのような期待に応えられる機能を持っているでしょうか。
裁判は
・不利なことを言わなくてすむ『黙秘権』がある
・証拠がなければ真実として立証できない
・原因を追究する場ではない
(原因を追究するような手続きは存在しないと思える)
・罪を犯したかどうかを判断する場である
以上のように裁判の場を捉えると,裁判をとおして事件が起きないようにすることは不可能と思わざるを得ません。
つまり事件が起きないようにするためには裁判制度の中か,外かに,原因を明らかにする仕組みが必要な時期に来ている思うのですが,いかがでしょうか。
その仕組みとしては次のような仕組みが考えられます。
刑務所の中に専門要員グループを配置して原因を究明するのです。
そしてその原因を,教育なり,地域社会の構造なりに反映するのです。
このような仕組みを作ることによって,いくらかでも不可解な事件を未然に防ぐことのできる社会にすることができると思うのですが。
いかがでしょうか。