2011-12-28

与党から離党者が出てますが

与党の政策が立候補した時の公約と異なるからとの理由から離党しているようですが。

確かに沖縄基地移転問題や八ッ場ダムの再開など公約と大きく異なるものがあり、あきれるばかりです。

しかし、そうい言い切ってよいものでしょうか。

まず、沖縄基地の移転の件ですが、どうすれば問題なくできるのか、その交渉相手、交渉内容、プロセスなどを明確にすべきです。

前の前の首相が言っていたことを実現しようとすれば、この辺りを明確にして、今どの辺りに居て、こらからどのようにしたら良いのか戦術を立てるべきです。

このような行動をしているのでしょうか。

また、八ッ場ダムの再開ですが、どうしてそうなったかではなく、どうすれば再開できないようにできるのかを明らかにすべきです。

これにも戦術が要ると思います。

どこを攻めれば再開を止めることができるかです。

いま、予算案ができたとしても予算執行できるまでには時間があります。

反対と言うのなら、この辺りのことを是非、自分の言葉で説明していただきたいのです。

さらに増税のことですが、反対を言われるのならどこかの予算を抜本的に削減することを言うべきです。

それはどの予算を狙っているのか、その規模はどの程度なのか、そこに向かうのにはどのような働きかけを、どこに向かって行うのか、その行為はどの程度の期間で行うのか、見通しは、といったことを説明していただきたいのです。

どこかの誰かが言っていることを言わないようにして下さい。

どこかの誰かとは異なった行動を伴った意見を自分の言葉で言っていただきたいのです。

1年生議員であれば失うものなど無いのではないでしょうか。

現在の説明だけでは誰かの代弁者のように感じてしまいます。

今まで公約にされてきたことに対する具体的な行動内容、これからの行動内容なども是非加えて説明していただきたいと思っているのは私一人でしょうか。

2011-12-25

市長・県知事が決定できることと大臣が決定できること

大阪市の市長や大阪府の知事の権限と大臣の権限はどのようになっているいるのでしょう。

大阪市長は公務員の給与などを自分の権限で変えられると思われる発言をし、国家公務員の処遇に関して大臣は微妙に発言しています。

ところでこれらの事柄の変更はどのような手続きでできるのものなのでしょう。

つまり、法律や条令を変更して行うことなのでしょうか。

そうであれば、国会や地方自治体の議会にかけて多数での可決が必須となります。

多数与党が賛成しなければ可決できません。

しかし、国での変更の手続きの方法と、地方自治体での手続きの方法が異なるとしたら国と地方自治体の長の発言の仕方に違いが出てくると思います。

この辺りはどうなっているのでしょう。

どなたか情報発信していたでけないでしょうか。

この辺りを明確に報道されているマスコミはあるのでしょうか。

ここが理解されていないために怒りにつながっていると思うのです。

どのようなことでも、どのような手続きでできるかを明らかにすることなく、個人の判断で決定できるように報道するのは問題です。

是非、この辺りを明確にした報道をお願いしたいと思いますが。

いかがでしょう。

2011-12-22

八ッ場ダム再開!?!

八ッ場ダム再開との報道がありますが、どういうことでしょう。

地元業者の方々はさぞかしお喜びと思います。

なにせダムができればそのメンテにづっと予算が付くわけですから。

そして国や地方公共団体からの発注は値引きはなく、かかるコストは当然確保できるのですから、おいしい仕事だと思います。

どこのだれを見て与党の方々は判断されているのでしょう。

首をかしげてしまいます。

判断を大臣なり、首相なりが行っているように見えますが、最近のこのように行ったりきたりしている有様を見ていますと、彼らではないのではと思い始めています。

考えてみるに、会社の社長なりが判断してるといいますが、しかるべき担当者が案を作って、全取締役に説明し、理論武装して社長の判断をもらうプロセスが行われていることを考えると、どうも大臣が判断しているのかと疑ってしまいます。

かなり上位の官僚が圧力に屈して案を策定しているのではと勘ぐってしまうような判断ではないでしょうか。

現在の与党の方々は何をもって判断されてきたのか、そして現在何をもって判断されようとしているのか、是非説明していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

これだけではありませんが。

2011-12-06

沖縄基地問題でまた発言された方へ

沖縄基地問題でまた発言されたようですね。

今の移転先案でないところに移転できればと思う一人です。

ですから言われている内容は尤もだと思います。

しかしながら、現在もそのように思われているのであれば、発言することの前に行動することだと思いますが。

いかがでしょう。

言えばできるような感覚で発言されているとすれば社会人としてあきれる方です。

最高府の大学を卒業されて、米国の一流大学に留学された方であればお分かりになるでしょうに。

また米国の大学での友人で、政府の需要ポストにいらっしゃる方もいるでしょうに。

その辺にいらっしゃる方とは違うはずですし、違っていただきたいのです。

是非自分の人脈の手づるで代替地になるとことを探っていただきたいし、米国に日本として望む方向で根回しをしていただきたいのです。

それから発言されても遅くないと思います。

昨日のような発言をされてるのを聞かされますと、首を傾げたくなります。

いかがしょう。

過去の人にならないためにも米国の要人とネゴシエーションをし続けていただきたいと思います。

その結果、方向付けができた時点で、再度発言して下さい。

期待もしているのです。

分かって下さい。

2011-11-24

いまこそ東アジア経済圏の構築の話題が・・・

TPPが大きな話題になっています。

一方、東アジアで経済圏を創る動きもあります。

このような状況で何故わが国は東アジアの国々に声をかけるような動きができないのでしょう。

現在の与党の前の前の首相は東アジア経済圏の話題を持っていた人物です。

TPPも去ることながら、その東アジア経済圏を構築することに熱を入れないのでしょう。

釈然としないと感じるのは私一人でしょうか。

現在の世界の状況は欧州でもなく、米国でもありません。

まさに足元の東アジアこそこれから数十年の主役でしょう。

そこにわが国は位置しているのです。

でありながらこの有様、どうしたことなのでしょう。

確かに今までは欧米の一員のような、アジア・オセアニアの一員として、国際舞台に立ってきたと思います。

アジアの国としてよりも、欧米の国々の一員としての立位置にいたのでしょう。

このような感覚でいたので、アジアの国々からリーダーとして認められてこなかったのではないでしょうか。

残念でたまりません。

元の首相も自分で提言した「アジア経済圏」の構築のことを思い出し、行動(ネゴも含めて)していただきたいと考えますが。

いかがでしょう。

2011-11-18

現在の裁判で知らぬ存ぜずと言い続けると

容疑者がよく「知りませんでした」とか「記憶にありません」とか、言い続けることがあります。

多く場合、真犯人ではないと推定されます。

しかしながら全部、真犯人なのかは一寸疑問符が付きます。

理由はこうです。

現行の裁判では自白は証拠になりません。

また反対に証拠がなければ、罪を実証できません。

この二つのことは、「知らない」、「記憶にない」と言い続け、その間、証拠が見つからなければ罪に成らないことがあり得ます。

つまり、実際、罪にあたることがなされた場合であっても、「知らない」と言い続けると、罪に問われないことになります。

俗に「嘘を言い続ければ罪にならない」と言われるのはこのことだと思います。

確かに「知らない」とは自白を待たなくては真意は当人以外知る術もありません。

この場合は「嘘を言っている」とは言い切れませんから、「嘘を・・・・」との表現は正しくないと感じます。

しかし、やっているのに、裁判後には罪にならないとは、あたかも、やっていないようなことになるのは一寸おかしく感じます。

裁判の場では、やったか、やらなかったかが証明されるのではなく、やったとしても証拠が無かったことが証明されることになると感じるのです。

皆さんはいかがでしょうか。

最近の政治関連の事件などは、特にこのようなことが言及されていないなと感じています。

いかがでしょう。

2011-11-13

TPPで農業がクローズアップされていますが

米国が云々とのことでTPPを反対されている一面があると捉えています。

農業が壊滅との議論もあります。

その中で食料自給率が少なくなるとの主張もあります。

確かにそのような捉え方もあると思います。

しかしながら今まで農業分野で疑問になることが幾つかあります。

先ず、米の国でありながら小麦を原料にしたパン食を小学校の給食にしたきたかたです。

国民が米を食べなくなったとの話は最近ではないはずです。

このことに農業分野の方々がこの辺りに対してどのような行動なり、主張なりをされてきたのかと感じています。

最近は小麦の高騰を理由に小麦を原料にしているパンなどにも米粉を導入するため製粉などの技術にも力を入れて、余り気味の米の消費を促す行動がとられて来てはいます。

冷静に考えれば、このようなことを昭和40年代には行われてこなくてはいけなかったのではないでしょうか。

米が消費されていないと言いながらあまり表立った主張が米関係者から出てこなかったのは何故だったのだろうと思い始めています。

そこには何かの(どこかの)力学が働いていたのではと勘ぐってしまいます。

また野菜で言えば、重油を利用して野菜を作っていたり、種を輸入したりもしているのではありませんか。

確かに収入確保という面からは仕方ない選択なのでしょう。

しかしながら、それによって味が悪くなっているのではないでしょうか。

そう言うと、消費者に求められる味のものを栽培・供給してきたと反論されると思いますが。

味と言えば、米の味もこの20年辺りで、また相当変わってきたことを感じます。

以前の米らしい味がしません。

いかがでしょう。

農業を真剣に考えていただけるなら、ただTPP問題だけでなく、総合的に是正していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-11-05

転勤が多いから社宅が必要とのことですが

公務員宿舎の問題で、どなたかが「公務員は転勤が多いので必要」と発言されたとの報道がありました。

確かに国家公務員の方々は転勤が多いい方々もいらっしゃることと思います。

公務員の宿舎に関する法律なりができた昭和24年当時は転勤族の始まりは国家公務員だったのでしょう。

しかし、昭和30年以降は徐々に企業でも転勤族が多くなり、社宅を提供するところが多くなったのだと思います。

最近の企業では社宅を用意して転勤させるようなことはやめてきていることは皆さんご存知のことと思います。

つまり、社宅の提供と転勤とは直結しない時代に入っているのが現在のわが国の状況なのです。

昭和24年辺りのこととは社会の構造は激変してきており、転勤が多いのは企業の方であり、国家公務員の一部にそれに準じる方々がいるというのが正しい認識ではないでしょうか。

転勤が多いから社宅を用意しなくてはとの認識は時代錯誤です。

転勤が多いから公務員宿舎が必要という論理は破綻しています。

是非この辺りのことを言っていることに代議士を選んでいるのは我々有権者であるとこともっと意識しませんか!

戦後に作られて現在まで存続している法律なりを徹底的に調べて、改定して行くことが必要と思いのですが。

いかがでしょう。

2011-10-30

国際会議では専門委員では賛成でも総会では反対の国も

技術の国際会議では、専門委員の立場では賛成であっても、総会では国の代表として反対を投じることがありました。

技術の国際会議では、全体会議である総会と、ワーキンググループとから構成されます。

議決は総会で行われ、国として1票の投票権があります。

ワーキンググループは複数あり、全てのワーキンググループの分担分けや方向付けなどを行うグループ、課題別のグループがあります。

ワーキンググループへの参加は、国を代表する出席者がグループを任意に選択して出席することで可能となります。

ワーキンググループの分担分けや方向付けなどを行うグループでは、専門委員の立場で、先ず各国から寄せられた意見を読み、聞き、検討して、先ず意見のグループ分けを行います。

グループ分けされた意見は、各ワーキンググループに振り分けられ、検討されるのです。

各ワーキンググループの委員は専門家であり、国の代表とは位置づけられません。

ですから専門委員はあくまでその分野の専門家として各国の意見を検討して、国際的に妥当な意見に纏め上げて行きます。

各ワーキンググループの検討内容は、全体を見ているワーキンググループに適宜報告され、方向の妥当性などが検証されます。

このようなプロセスを通してワーキンググループの結論を創生するわけです。

この結論は総会にかけられ、各国に1票与えられた投票権が執行されるわけです。

この時に最初に書いたことが起きるのです。

例えば、あるワーキンググループの専門委員がある国の代表者で、専門家としてワーキンググループの中核として結論を創生したとしても、国の代表として総会でそのワーキンググループの結論に反対投票が行われることが、しばしば起きます。

それも同一の委員(ワーキングも総会も)であってもです。

一寸戸惑うのですが、それが国際会議なのです。

このことを踏まえて、わが国の最近のTPPの議論は、国際会議での決議のプロセスをご存知でない方々が、我が物顔に議論しているように思えてなりません。

是非、国際会議に出席されたご経験がある方にこの辺りのことをお話いただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

それから、ワーキンググループではどのようなことでも意見を出すことが重要です。

2011-10-28

霞ヶ関のお役人の役割をはっきりすべきでは

何かにつけ、国や霞ヶ関の役人が槍玉にあげれますが、霞ヶ関の役人の役割を正確に伝えることが必要ではないでしょうか。

端的に言えば、大企業の企画部的な部門を想定すればよろしいのではないでしょうか。

つまり計画予算を幹部説明して予算確保する部門です。

こように考えると、どこが問題かわかるのではないでしょうか。

会社でも、企画の連中は現場を見なから、現場なりで必要でなことが分かっていないとか。

予算は獲得するが、執行の内容、結果をフォローできていないとか。

いろいろなことが言われていると思うのです。

会社でのことと同じようなことが国レベルや霞ヶ関の役人に向けられていると感じます。

いかがでしょう。

会社や予算を獲得して、事業運営をされている経験を積んだ方は数多いはずでしょう。

それなのにいつも同じ口調の言葉が投げかけられています。

もう少し、学者の方々を含めて、予算執行組織のあり方を本質的に議論いただきたいと思うのですが。

多くの組織(会社も含めて)が同じ形態をとっているのですから学問的に解決策なりがあってよいと思い込んでいるのです。

いかがでしょう。

2011-10-23

「原発で日本のロボットが迷子に」との報道がありましたが

10月22日朝日新聞の朝刊の記事に「原発で日本のロボットが迷子に」とありました。

以前、大学で開発されたロボットを原発事故現場意に導入とあったので、心配していました。

以前にも書きましたが、大学で開発されるものは原理確認のものであり、現場で使え製品レベルするには、多くの工程(きめ細かな異常系ソフトウェアの組込み、現場試験、過負荷試験、連続試験、商用試験などの工程)を経ることが必須です。

この辺りのことがどの程度、今回導入されたロボットでは行われていたのか報道して欲しくなります。

以前BS8のプライムニュースでロボットの専門家が3人ゲストで出演されて、国産ロボットが何故原発事故現場に導入されないのかお話になられておりましたが、東工大の教授が一寸分りにくい表現ながら、大学で開発したものは製品とは異なるとの趣旨の発言がありましたが、全体的には市場がないから、予算が米国に比較して少ないからのようなことで展開されておりました。

最近も中央公論2011年7月号に

『なぜ、国産ロボットは3・11に稼働しなかったのか』(田所 諭)
の論文が掲載されておりましたが、この中でも本質的な研究・開発・製品化の工程からその原因を言及しておりません。

あいかわらず、わが国では市場がない、米国のように軍が多くのロボットを現場で使ってくれる状況にないからのような主張をされているのには、ただただ驚くばかりです。

マスコミの方々も分かっているのか、突っ込めておりません。

つまり、大学であっても開発するロボットが現場で使えるようなレベル(製品レベルに近いもの)のものであるようにするなら、必ずしも研究発表できないレベルまで稼動なり、予算なりを割かないとならいのです。

そこまで覚悟ができるかが問われているのです。

もしもそこまで覚悟ができないなら、開発したと言わずに原理確認したと発表すべきです。

メーカーでは研究者と開発者は所属も異なり、研究者は原理確認のための装置の開発と実験を、開発者は研究者が確認した原理を元に製品にするためにきめ細かなソフトウェア(プログラム)を開発し、現場・過負荷・連続試験を行って成果レベルまで持って行くことをしているのです。

この辺りのことがどの程度されているロボットが原発事故現場に持ち込まれたのか、マスコミの方々に一度確認していただきたいと思うのは私一人でしょうか。

いままでの新聞、雑誌、テレビでの報道では分らずじまいです。

2011-10-22

委員会を廃止するそうですが

政府のたくさん作ってきた委員会の10いくつかを廃止する方針との報道がありますが。

一度しか開催されていないものもあるそうですので、廃止は適切なものと思います。

しかし、その間の委員への報酬はどのような処理がされるのかの方が問題ではと思うのですが。

委員に任命されると普通、月いくらと言った報酬が支払われるはずです。

その月に委員会が開催されたかなどと言った管理がされているのか、いささか疑問です。

日割りで報酬を出すことなっている委員会はさることながら、多分されていないと推察されます。

一方、報酬ですが、月に数十万円以上の報酬が支払われているのではと推察されます。

市の市民委員をご経験された方に伺ったところ、たいしたことを審議していない委員会であっても一度(2時間程度)出席すると数万円の報酬があり、5、6回出席すると10万円以上の報酬になるということです。

このことから推定しますと、政府の委員に任命された場合には、そのレベルでない報酬が支払われていると推定されます。

ここがかなり問題だと思うのです。

政府だけでなく、行政主催の同じような委員会は市、県にも多数あるはずですから、まさにここにも仕分けが必要になると思います。

結構な金額が多くの委員に渡っていると思います。

ここも是正が必要と思うのですが。

いかがでしょう。

2011-10-21

最近マスコミのことで考えたことがあります

多くのテレビなどのコメンテーターが、新聞や雑誌やテレビの報道に携わった方々であるのではないでしょうか。

マスコミ経験の方々は社会や政治のことをよく知っているからでしょう。

確かにその場面に多く接しているわけですから、そうだと思います。

しかし、そのような思い込みは正しいのだろうかと感じ始めました。

地デジが始まって従来のテレビ受像機で番組が見えなくなり、朝起きてテレビを観ることがなくなってこのかた、最近のタブレットPCで情報を読んでいて感じているのです。

マスコミの報道情報はあまりにも浅すぎる論理で構成されているというのが、実感です。

皆さまはいかがでしょう。

第一に、マスコミは事実を報道しているだけであり、そのような実体験しかしていない方々がコメンテーターになられているのではとの仮説です。

第二に、幻想的な中立性を守らんがために、どちらかに寄ったような記述なりがないように自己抑制した経験の持ち主ではとの仮説です。

第三に、報道されている論理や展開が浅く、発生した現象なりから、どこ、どこ、との深いとことまで行き着くことを経験されていない方々ではとの仮説です

第四に、現場で培われた視点でのコメントが主で、新しい視点でのコメントや、正さなくてはならないところをあぶり出すことのないコメントが多いように感じるのです。

いかがでしょう。

例えば、「何々が問題であり、政府の責任は大きい。何々大臣はこのように言っているが、これでは可決できない。・・・」などとの発言があるのではないでしょうか。

現象面では確かにそうでしょう。

しかし、とことんつめると、そうではないのではと思うことがあるからです。

一例で言えば、そのような時に問題になっているのは法律がそうなっているからで、その法律を変えず、存続するかぎり、思った方向にいけないことがあるからです。

以前にも書きましたが、公務員宿舎の問題は昭和24年制定(勿論改定はされてきていますが)の法律にもとづいて、粛々と進められてきたのです。

つまり、何を言っても、この法律を抜本的に変えない限り、問題はいつまでも続くのです。

このようなに展開されてるコメンテーターは見当たらないことが問題であり、マスコミ出身のコメンテータの方々の発言の限界を感じ始めています。

いかがでしょう。

2011-10-10

事ある毎に『政府』が問われますが

原発建設、ダムの建設などなど、事ある毎に政府がマスコミに問われますが。

あたかも現在の政府を担っている与党ばかりが答弁していますが、本当にそうなんでしょうか。

確かに現在、政府を担っているのは現在に与党ですから、政府が問われれば当然現在の与党が答弁すべきだと思います。

しかしながら、現在のような日本の構図を作り上げてきたのは現在の与党ではないのではないでしょうか。

外郭団体の設立や天下り幹部の厚遇などや、電力会社とのもたれあいとか、米国に従っている姿勢など、多くのこのような構図は長い元の与党の方々によって作られてきたのだと思います。

このことは肝に銘じて記憶しておくことが必要でしょう。

現在の与党の方々が、前の与党の行ってきたことを積極的に是正する姿勢をとって来ていないことも責任はあるでしょう。

しかし多くの事柄が言った、言わない時限のことではなく、法律に反映してきていることにより簡単には是正できないことが多いのではないでしょうか。

現在のように参議院で過半数を確保できていない与党では自分達の主張のように法律の制定は至難なことでしょう。

政府、政府と言う前に、どのような法律で守られていることなのか明らかにした上で、どのように法律を改定したらよいのか検討することが必要でしょう。

これからは事ある度に、関連する法律を取り上げて行きたいと考えています。

多くの方々も、関連法律の文言の発信をお願いしたいと思います。

よろしくお願いいたします。

2011-10-06

首相・大臣・県知事・市長が日々行ってることは何なのでしょう

首相、県知事、市長は会社の社長、大臣は取締役などとアナロジカルに当てはめて考えることがよくあります。

本当に首相、県知事、市長、大臣は日々何をされているのでしょう。

どこかに具体的な仕事の内容は書かれていないのでしょうか。

会社の取締役であれば海外事業とか知的財産権とかの所掌範囲が決められており、その範囲で行われることに全て責任があり、しなくてはならないことを執行することが求められます。

社長は会社の経営方針を決め、分担された各所掌範囲の責任者である取締役に指示を行い、報告を受け、会社経営に必要となることを指示することが大きなミッションです。

日頃は、幹部などから上げてこられた案件を決済することが重要な仕事であり、その元になる会社方針を企画グループの方々を引き込んで策定することが最も重要なことです。

このように会社の長を捉えると、首相や大臣・県知事・市長などの仕事も同じようなことかとも推察できます。

会社では、かなり会社なりの状況を知っているものが社長なりのことをするようになることが多く、ほとんど事業内容を知らない方が社長になることは少ないと思います。

しかし、県知事や市長などは全くの素人がなれることを考えると、何故か実際の仕事内容を知りたくなります。

是非、市長、県知事、大臣をご経験されてこられて方々に情報提供いただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-09-25

どうして米国に自国の主張ができないのでしょう

またもやわが国の首相は沖縄の基地問題で米国に自国の主張を言えていないことが報道されています。

どうしてなのでしょう。

前の前の首相の時は、あたかも言うような姿勢を話していました。

しかしそれは自国での話しに留まりました。

米国の大学に留学された履歴があり、英語も堪能でしょうし、米国には人脈もあるでしょうにです。

どうしてわが国の米国への姿勢はいつまで戦後を続けていれば済むのでしょう。

何か私たちが知らないことがあるからなのでしょうか。

政府もさることながら、外務省の方々に一寸聞きたくなります。

戦後ずっと与党になっていた政党の方々は何をされてきたのでしょう。

国民に全てを明かして欲しいとは言わないまでも、首相になられた方はその理由を問い詰めて、自国の主張を交渉の場で述べていただきたいと考えています。

いかがでしょう。

勿論、主張したことろですぐに主張とおりに事が運ぶわけでないことは重々分かっています。

しかしながら、主張しなければいつまでも今までとおりのことが続くばかりでしょう。

このことが歴然としています。

なにせ主張し続けることが必要だと思うのです。

英会話が堪能で、人脈もある前の前の首相の方にも下ネゴをお願いしたいところです。

2011-09-21

原子力発電と言った場合と核分裂発電と言った場合の違いは

わが国では核分裂による爆弾は核兵器というジャンルに入り、核爆弾と表現されています。

一方、核分裂を利用して発電するシステムは「核」は使われず、「原子力発電」と呼ばれています。

同じ核分裂を利用したものなのにです。

吉田康彦氏が「原子力」と「核」の使い分けに関して言及しております。
http://www.yoshida-yasuhiko.com/nanp/post-90.html

和英辞書を引いてみますと、確かに
「核分裂」 : nuclear fission
「核爆弾」 :  a nuclear bomb
「原子力発電」 : nuclear [atomic] power generation
となっています。

どうも平和利用だと言うことで「原子力」と「核」を使い分けたようです。

しかしこのことによって現在のような放射能の影響を予測できなかったのでは、と思い始めました。

利用されている言葉で惑わされていたり、ごまかされていたりして来たのではという感覚です。

先日、代議士(衆議院の議員 「国会議員」)は米国の新聞などではLawmakerと表現されていると書きましたが、これと同じような感覚です。

「自衛隊」も英語では「軍隊」と訳されているのでこれも同じ類です。

どうもわが国ではもともと日本語になかった英語を訳して使用する場合に、政治的な判断が伴っているのではと勘ぐってしまいます。

そう言っては申し訳ありませんが、このことはマスコミの方々や、その分野の学者の方々にもその責任があるのではとも感じ始めてもいます。

是非、考える時に惑わされることの無いよう表現の統一性を新聞などのマスコミの研究されている方々に考えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

同じ内容のことを、使い分けられた言葉に惑わされることなく、考えるようにしたいものです。

2011-09-14

再考 政治主導について

政治主導ってなんだったのでしょう。

前の前の首相は自分が言えば何かが始まり、自分の言ったようにことが執行されると思ったのでしょう。

首相が思ったことを行政を介して執行させるためには、法律の制定が必須でしょうに。

行政官は誰かが言った(長が命令した)ことで事を運んでいるのではないはずです。

命令が発せされたようになるためには、法律の制定が必要です。

ここが会社なりの社長と異なるところでしょう。

社長の場合であれば「こうしたい」と言えば、スタッフや部下がそのようになるよう考えて、実行できるようにします。

ルールを作ってなどという手順はほとんど考えません。

しかし、行政は、どなたが行っても同じ効果が生まれるようにルール(法律)を作って、それを担保出来るようにするのです。

思いつきや一寸考えてでは実現されることはないはずです。

ところが前の前の首相のときは政治主導という掛け声をあげて、政治の世界のみに働きかけたのでしょう。

代議士の世界ではヒエラルキーはあって、ないようなものなのでしょう。首相の言葉を受けた大臣なりは一向に法の制定に力を割くことなく、自分の意見を好き勝手に言っていたと記憶があります。

政治主導と言っていたので、行政官に指示することもできなかったのかもしれません。

行政官の智恵なりを借りなければ法律の原案であっても作れないにもかかわらずです。

政治主導であることの意味を考えずに言ってきたのではないでしょうか。

政治主導とは
・政治家が政策を考え、行政官にそれを執行させるための法律を整備させること
・新たに必要となる法律の原案を策定させること
・法律案を国会で承認させること
・法律にもとづいて行政官に執行させること
などでしょう。

どうもこの当たりのことができていなかったように感じますが。

いかがでしょう。

今度の首相には是非この辺りのことを気付いていただきたいと思うのですが。

2011-09-11

現在の与党の皆さんは衆院・参院で大多数を得ているような行為をしているのではないでしょうか

現在の与党の皆さんは多くの年月、政権与党を張ってきたきた元の与党の行為と同じ事をいつのまにかしているのではないでしょうか。

大臣になって自分が言えば、その通り実行されるのが当たり前という認識です。

前の前の首相の沖縄問題、前の首相の原発問題などから感じるのです。

今まで長年与党が続いていた時代には、衆・参院ともに多数を政権与党が確保していたのです。

つまり、やろうと思えばいつでも、政策の実現に必要な法律案が国会を通過する環境が整っていたのです。

このことによって、与党の大臣の発言が政策に反映できて来たのです。

これを横目で見てきた現在の与党の面々は、自分も言っただけで政策なりが実行されると思ってしまう習慣を身に着けてきたのでしょう。

(政策が行政によって実行されるためには、それが実行されるための法律の制定が必須であり、しかもそのためには与党が衆・参院で多数を確保していることが必須であるのですが。)

多くの発言がそのような習慣から行われているのではと、仮説を立てています。

一方、従来与党が衆・参院で多数を持ってきた政権与党であったときの官僚達は、大臣が言ったことを法律にすることを必死に行ってきたのだと思います。
(このように応えた行為をすれば与党にかわいがられ、地位が上がる可能性があるのですからインセンティブが高かったと推定されます。)

このことが大臣の言ったことが政策として実現されてきたことの本質だと思うのです。

いかがでしょう。

現在の与党の方々に言いたいのでは、自分達の考えを政策として行政官に執行してもらうためには命令することでなく、まづ立法化することだということです。

是非、早く気づいていただきたいものです。

いかがでしょう。

2011-09-10

またですか!

またもや政治家の発言が問題になっていますが、まったく呆れています。

いかがでしょう。

多くの政治家が発言したことが原因で罷免されていることを近くで見ているでしょうに、です。

どうしてフィードバックでいないのでしょう。

会社勤めしてる方々は、まさに「人の振り見てわが身を正す」ということが行われていることをよくご存知でしょう。

会社では人事評価があるからなのでしょうか。

代議士は「先生」と呼ばれ、ヒエラルキーも、人事評価もない世界に住んでいるからでしょうか。

確かに先生と呼ばれていると、何でも言えると思い違いするのでしょう。

それにしても社会人として最低の人種ではないでしょうか。

この発言事件の前にもお二人が罷免されていることを知っているでしょうに。

何なのでしょう。

まったく呆れます。

短絡しているかも知れませんが、代議士の人数を削減することが解決の一方法かもしれないと思ってしまいます。

何回も同じことを繰り返さないようにフィードバックしていただきたいものです。

いかがでしょう。

2011-08-27

首相の資質の要件の研究ができるのでは

五代にわたって1年程度で首相が交代した現状を踏まえると、首相に備えていなくてはならない資質の要件が研究できる環境が整ってきたと考えられるのではないでしょうか。

犯罪が起きると犯人像を描くために犯罪心理学者などがマスコミに登場して来ます。

多くの犯罪者のいろいろなデータを分析することで犯人像が描けるのでしょう。

このようなことができると信じているマスコミであれば、政治心理学者や組織論やリーダーシップ論の学者に検討してもらえば、首相の資質の要件をあぶり出すことができるのではないでしょうか。

できるできないではなく、すべきではないでしょうか。

コメンテーターのどなたかがいままでの手法で首相になるべき方々を選んだとしたらまた同じようなことになると指摘していると共に、首相を公選で選ぶことが必要ではとも言っている報道が昨日ありました。

しかし現在のような状況で公選制をしたところで国民はいままでと同じような方を選らんでしまうと予想されます。

理由はこうです。

「どなたがふさわしいと思いますか」的選び方では、何で判断すべきかの基準が定かではないからです。

同じ過ちを防ぐためにも、多方面の学者の方々の分析を元に、首相にあるべき資質を明らかにすることを期待したいのです。

データはそろってきていると思います。

明らかに5人の方々の発言、行動などが文書や映像で残っており、その時の表情、反応なども同時に入手できるからです。

これらのデータをもとに、是非首相の資質の要件を明らかにすることをマスコミの方々に仕掛けていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-26

マスコミの皆さん! もういい加減に卒業して

今日も「首相にふさわしい人は?」と街頭で聞いている場面が報道されています。

もうこのようなことは卒業して欲しいものです。

このようなことが国政選挙や党首選挙でも行われているのでしょう。

このような選び方で5代もの首相があの有様だったはずです。

つまり、ふさわしい人とはとの問いに応えるような選び方では成功しなかったことを経験してきたのではないでしょうか。

公約を聞いてなどという方々もいます。

しかしながら、この公約も当てになりません。

このような経験則から今後の対応を考えるべきだと思うのですが。

いかがでしょう。

一つ提案ですが。

資質を問うことをおやりになったらいかがでしょう。

つまり、「首相としてどのような資質を持っている方が必要でしょう」と先ず聞いて、「このような資質を持った方はどなたでしょう」と聞き出すのです。

国民はよくみています。

あなどらないで下さい。

是非いままでのような質問をすることなく、今後につながる質問をしていただきたいと思うのですが。

2011-08-23

今度は資質を考慮した選任が必要では

いろいろなところで首相が1年ごとに変わるわが国のあきれた有様が報道されています。

この原因には多くの要因があるのでしょう。

しかしながら、現在はそうばかり言ってはいけない状況ではないでしょうか。

ここ5代にわたってこのようなことが何が原因で起きてきたのか、代議士の皆さんに胸に手をあてて考えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

いままでの首相の有様を見てこられた方々に、これから首相に選ぶべき方の資質の要件を明らかにしていただきたいと思うのでは私一人でしょうか。

政策論、経験、語り、語彙など必要なことは多々あると思います。

ここを言及する前に資質を考えるべきと思うのですが。

大きな枠組みの中で、今を位置づけ、何をしなくてはならないかなどのを語ることができる構想力や、行政の長として官僚などを鼓舞して何をさせるかを語ることができる指導力などあるはずです。

最低限この二代の与党の長をまじかに見てきてい方々なら感じておられるでしょう。

是非、今回はこの2代の方々と同じ穴のムジナだけは選ばないようにしていただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2011-08-21

今こそ電力中央研究所の出番では

福島原発では汚染水の浄化システムが稼動していますが、設置してから何度も不具合が起きてシステムダウンが発生しています。

これはシステムが設置されたとしても完成品とは考えられないことから、ある程度はいたし方ないことだと思います。

つまり、完成品(製品化)にするためには現場で動作確認のための試験が必要なのです。

反対に言えば、製品化には時間をかけた現場での試験が必須なのです。

いかなる製品もこの試験をして市場に出しているのです。
(この試験をいい加減にして不具合を出しているケースもありますが)

日本のロボットがなかなか事故現場で活躍できていなかったこともこれが原因です。(研究者から分り易い本質的な説明はいままで報道されていませんが)

一方、企業の研究機関の研究成果であるプロトタイプシステム(原理を確認するレベルのシステム)は、普通、製品にするために長い時間をかけた現場でのシステム動作確認試験を行い、不具合を改良して製品として世に出すのです。

現在福島原発の事故現場は、言い方に語弊があるかもしれませんが、現場での動作確認できる環境と考えられるのです。

ここで提案です。

この現状を負に捉えるのではなく、今後の事故対応のための技術、防護服、システムなどを用意するための研究成果の動作確認環境と見做し、活用するのです。

そういう意味では、まさにこの機会を使って原発事故対応の技術をできるだけ早く、現場で使える製品レベルのものを用意できるようにすべきと考えます。

是非、電力中央研究所の皆さんも今年度の予算内容を急遽変えて、原発事故現場で必要となる技術を現場で動作確認することを考えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-13

国会議員のすべきこと

国会などで大臣がいろいろなことを問われ、指示が悪いとか言われています。

また公務員があらぬことをしているような報道があります。

これらはあたかもその人の資質にかかわる問題のような取り上げ方が多いのではないでしょうか。

確かに、あらぬ発言や、あまり意味のない行動などはそれに当ると思います。

しかしながら、制度に関することや、公務員の行動や判断に智恵が出ていないことなどは必ずも個人の資質だけを問題にしても解決できないと考えはじめました。

特に公務員がらみの行政に対する批判は個人の資質を問うことに意味がないと思うのです。

それは、公務員が個人の智恵で行動や判断をしていないからです。

彼らは法律(政令、条例なども)に則って判断・行動しているのです。

法律にないものはしないし、判断しないのです。

個人としてはできることでも、公務員としてはできないことになるのです。

つまり、公務員に何かしてもらうようにするためには法律を準備することが必要なのです。

個人を責めることではありません。

そこに法律を制定できる国会議員の出番があるのです。

国会議員は官僚を叱る前に法律を作ってしまえばいいのです。

しかし、国会議員は原案作成を官僚側に投げてしまっているのが現状だと思います。

ですから、どうしても官僚の都合のよいものになりがちになるのです。

ということは代議士が作る、議員立法が重要になります。

ここに代議士の使命があるのです。

スローガンやマニフェストを立法化することです。

ここに衆議院と参議院の過半数を確保することが重要になることにつながるのです。

そういえばこのようなことを誰かが声高らかに言っていた記憶はないでしょうか。

もしもこのことを指摘して言ってくれたら、もっと気付く方々がもっと増えたかもしれないな、などとも考えています。

それはさることながら、国会議員の方々に言いたいことは、官僚をしかることではなく、早く実行したいことを法律化できるように行動することであることに気付いていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-10

国内での搾取の構造が問題?

知り合いの方から「我々の賃金は時間1000円にも達しないのに、親会社の人たちの報酬、ボーナスをどうしてあのように多額に支払うのか矛盾を感じる」と聞いたことがあります。

親会社の社員の給与に比べて、下請け、孫請けの仕事に従事されている方々の給与はあまりにも低いと言うのです。

1000円にも満たないようです。

知り合いの主張は、このようなことが起きないように社会構造なりを変えて行かなくてはならないのではとのことでした。

このことを聞いていましたの、8月7日(日)BSジャパンの『勝間和代#デキビジ』

を観ていましたら勝間和代氏から次のような発言がありました。

「大企業は中小企業から搾取して社員に多額の報酬を払っているこれを正さなくてはならない」

いままでテレビの討論番組でもこのような発言は聞いたことがありませんでした。

皆さんはいかがでしょうか。

町工場で働いておられる方々の現状を報道する番組などを観ていますと、確かに賃金を低くしてコスト低減しないと親会社からの要求に応えられないとのインタビューが多く流されています。

そのような方々からだけの報道を観ていると、日本全部の働き手がそのような状況に置かれているとの錯覚を抱きます。

しかしながら、このような賃金を基盤として、上部の組織では、俗に言う親会社では高賃金が支払われていることが多いのです。

「搾取」はきつい言い方かもしれませんが、下請けをたたきに叩いて自分達は高給を取っているのは事実です。

このような状況をどのように是正して行くのかも今後の大きな課題だと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-08-08

所さんの目がテンを見て感じたこと

7月30日放送の『所さんの目がテン』で美術の鑑賞の話で興味深い話題がありました。

日本人とフランス人とで絵画の鑑賞の仕方が異なるという話題です。

日本人はゴッホの『ひまわり』とか、ムンクの『さけび』などという、有名絵画の画家の名前と作品名を知っている人が多く、フランス人は画家や作品の名前は知らない人もいますが、作品に対する印象を言葉に出して多くを語れる人が多いとの報告です。

日本人は自分の印象は語れず、作品名や画家の名前を話される人が多いとの報告でした。

「教育の仕方が異なるからか!」と感じました。

これほど詰め込み主義の教育が批判されているのに、このありさまかです。

絵画の分野でです。

考えさせられました。

絵画といえば、先日長野県の有名な公園に行く機会があり、同じ入場券でその近くにある文化勲章をもらった画家の美術館に入場できるというので、鑑賞して来ました。

そこにはセザンヌの松?、ムンクのさけび?、との印象の作品が飾ってありました。

文化勲章をいただいた画家の作品でです。

昔文壇はどうのこうのとの話が報道されていたことの記憶があります。

しかし、絵画の世界ではあまり話題に上げられていません。

ところが絵画の世界は江戸時代までのものと異なり、明治時代からこのかた、ルオーだったり、セザンヌだったりするような作品が評価されているような感じの作品が多いように思いますが。

いかがでしょう。

どうも原発の世界だけでなく、他の分野も言えない雰囲気があるのかとつくづく感じさせる夏です。

2011-07-28

毎日捨てられている電力はエコの観点からどのように見えているのでしょう

今日も東京電力管内の電気予想は80%以下です。

20%も捨てられているのです。それも24時間続けてです。

とても大きな問題だと思うのです。

その間CO2も排出されいていますし、燃料も浪費されています。

エコの観点からとても問題なことだと感じますが。

いかがでしょう。

どうしてこの浪費や排出の問題を大きく取り上げないのでしょうか。

電力不足がつづくと産業が云々という報道ばかりです。

是非この辺りのことをエコの運動を行っているグループの方々から大きな声を上げていただきたいのです。

東大の先生からもリチウム電池の電力蓄積プラント建設の提言がありましたが。

原発継続を取り上げる前に、是非この毎日、24時間、20%以上の電力が捨てられていることをエコの視点で言及していただきたいと思うのですが。

出てしまったCO2は取り戻すことは困難ですから、無駄を無くすことだと思うのです。

つまり、捨てられている電力を残さずとは言わないまでも、何とか蓄積して活用できるようにするのが第一にしなくてはならないことではないでしょうか。

例えば、一つ原発プラントを廃炉にする代わりに電力蓄積プラントを一つ建築するのです。

これによって電力の確保と、雇用の創出(雇用の確保にもなるでしょう)や、こらからのスマートグリッと時代に核となるバッテリー技術の発展にも大きく寄与するものと思うのです。

いかがでしょう。

エコの観点からも是非、原発や電力確保の事柄を取り上げていただきたいと思うのですが。

2011-07-26

「他人の振り見てわが身を正せ」はどこに行ったのでしょう

お隣の国の高速鉄道での事故処理に対してなんだかんだと報道されています。

確かに『隠蔽』や『解明不足』などがあると感じます。

しかし、転じて福島原発事故を考えると、構図は同じと感じてしまうのでは私一人でしょうか。

隠蔽体質、本当のことが語られていない、信じられない、など多くのことがレベルは多少異なるとはいえ、同質と考えれられるのではないでしょうか。

わが国のマスコミに国民が、お隣の国はこれからの国に位置づけられるのだからとの考えを植え付けられているとしたら危険極まりないと思うのです。

他国のことだと片付ける前に、同じようなことが先進国と呼ばれているわが国でも
汚職をはじめ、同じ構図が存在してしており、正して行かなくてはならないことだと、他国の振り見て正して行くことが重要と思うのです。

何かこのような視点が欠けていると思うのです。

是非、他国の事件を他国のこととして捉えるのではなく、自分達も自国で同じようなことを行っている事に片部を担いでいるのではと感じることだと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-07-25

代議士の世界にもヒアラルキーの導入を

毎日与党の個々の政治家が一つの問題に異なる意見を述べる場面が報道されています。

確かに自由に発言できる環境は重要です。

しかしながら与党という枠をはめられた方々にはただそのように感想を述べることはできません。

トップの、ここでは首相ですが、言うことに皆の前で単純に反論することはあってはならないのではないでしょうか。

情報なりを補足しながらの発言であったら許されることかもしれませんが。

原則は反論なりは組織内部の問題として、公表される前に幹部間で話合いが持たれるべきと考えますが。

いかがでしょう。

もしかすると現在の首相はそのような行為をしていないから、直接マスコミの前で発言しているのかも知れません。

しかし、このようなことはヒエラルキーを持った組織ではあり得ないことでしょう。

弊害はあるとしても組織としてはそうなくてはならないと思います。

内閣という組織は外見はヒエラルキーを持っていると思うのですが、代議士の頭の中、および体の中にそのような観念が存在していないのかも知れません。

組織の中で働いたこともなく、管理職として幹部になったことも少ない経験の持ち主が多くなった政治家集団になってきているので、そのようなことが想起できないのかもしれません。

まったくあって欲しくない状況ではないでしょうか。

いまこそ組織的な智恵と行動力が必要な時期です。

現在のような組織ではその体をなしていないと感じます。

是非ちゃんとしたヒエラルキーを導入することが必要と思うのですが。

いかがでしょうか。

2011-07-19

政策論に誘導を

首相の退陣論ばかりに注目されているマスコミの方々よ、政策論への誘導をしていただきたい。

『誘導』と言う言葉にはマスコミの方々は敏感で、まずいことと感じられるでしょう。

別に誘導を言いたいのではありません。

現在のような状況のわが国にとって、退陣論も去ることながら政策論こそ必要であるとの見識を展開していただきたいのです。

今まで与党であった野党の皆さんと、その野党の方々を支えてこられた官僚の方々に現在に至らせて来た今までの政策の問題点と卒業すべき政策と、今後に向けて方向転換すべき政策、新に立案すべき政策を提出すべきと追求していただきたいのです。

今の与党だけをターゲットにして追求しても、連続性がある政策などは追求しきれないはずです。

是非この辺りの見解もつけた上で、展開いただきたいのです。

このような追求がないために政治から遠ざかる方々も多いと思うのです。

引き止めるためにも是非、マスコミの方々の行動を期待したいと思います。

2011-07-18

顔がよくないのは何故なのでしょう

最近の代議士、一流企業の社長をはじめに幹部の顔がよくないのはなぜなのでしょう。

造作がわるいと言っているのではありません。

先ず表情なりがわるいと思います。

そして貧相に感じます。

いままではよく、人の上にたつと顔がよくなっていく、などと言われたものです。

しかし昨今はあまりそのような変化が感じられません。

どうしてなのかと首をかしげてしまいます。

首相近傍も同じ感じです。

どっちかと言えば、顔がどんどん悪くなってきているように感じます。

いかがでしょう。

成長がないからでしょうか。
それとも顔がよくなるようなことを、されていないからでしょうか。

それとも自信がないからでしょうか。

今回の九州の電力会社の幹部もその中の方々なのでしょう。

前々回の日曜日の、TBSの朝10時からの番組で寺島氏が「地方の電力会社の幹部には教養があり、すばらしい方々が多い・・・」と発言されていましたが、何が言いたかったのでしょう。

あの顔からはそのようなことは微塵も感じられませんが。

いかがでしょう。

2011-07-14

燃料という言葉は原発には不適合な表現ではないでしょうか

日々原発の安全性を問う論調がマスコミに多いですが。

本当にこのことを問い続けることに意味があるのでしょうか。

たとえ現時点で安全性が確保されていると判断されても、今回のようなことが起きれば全く意味がないのではないでしょうか。

どなたかが「未解決の技術である原発・・・」と表現されていましたが、まさにこの表現こそが当っているのではと思いはじめました。

つまり、安全と宣言できたとしても、原発の燃料(実際は燃えているのではないのでこの表現は妥当でないと感じています。核分裂用材料と言えばその危険度が表現できるのではとも感じていますが。)は管理し続けなくては(水なりで)使用済みの燃料であっても発熱し続けること、汚染水にある放射性物質はなくなることはなく、数字年から数百年かけてその性能が半分になるという物質です。

つまり『燃料』という一般的な言葉からは想像しきれない物質なのです。

『燃料』という表現こそ、この核分裂材料を隠蔽する表現なのではないでしょうか。

一般的に燃料といえば、燃えつきれば灰になり、廃棄処理ができるように感じます。

また何かあれば水などをかけて消すことができるように感じます。

さらに事故がおきても水なりをかければ収束できるようにも感じます。

つまり、『燃料』という言葉に惑わされているのです。

今後、原発の話をする際には是非この『燃料』という言葉から変えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-07-05

政府の発表に限界があるのであれば有識者にお話願がうのが重要

放射能の安全性、原発の状態、避難地域の決定な、政府の発表に不信感を抱いていると沢山報道されています。

このことに対してコメンテーターの方々は、その報道に対して一般庶民のように非難するだけでなく、政府見解のいろいろな面への影響があることから限界があるとのことを話していただくことも必要ではないでしょうか。

その際、重要なことは有識者から政府が発表できないであろうことをお話いただくことだと思うのです。

現在のTVなどのマスコミでは、まず政府なりを「駄目だ」と批判してからお話になっていることが多いように思います。

そうではなく、「政府は各方面への影響度を考慮して発表できない数字があると推察しています。」と先ず枕詞なりをお話いただいた後に、「斯く斯く然然の数字が出ていることから・・云々」とお話していただくことはできないものでしょうか。

公式見解はそのようなものと理解を求めることが必要と思います。

つまり、官僚はいままでそのように発表して来たのです。

またこれからもその姿勢は変わることはできないと思うのです。

そうであれば、知識と分析力と推察力を持った有識者から本当のことをお話していただきたいのです。

いかがでしょう。

このようなことをしていただかない限り、本当の姿を知る術がないと思うのですが。

是非期待したいと思います。

2011-07-01

原発再開するにしても何かメッセージが必要なことが分らないのでしょうか

原発を再開しようと与党は働きかけていますが、何かメッセージが必要と考えないのでしょうか。

つまり長期的な考え方があって、当面の再開があると考えるのが妥当ではないでしょか。

市民活動家出身の首相でありながらそのような行為がないのはどうしてなのでしょう。

長期展望なんて考えてないと言ってしまえば、寅さんではありませんが、「それを言っちゃ・・・・よ」てなことになってしまいます。

ご本人が感じられていないても、まわりにスタッフがいるのですから、どなたかが進言すべきと思うのです。

例えば、「原発は科学的に見て完全に安全と言い切れないことが多い発電方式である。したがって中期的には代替エネルギーに変換することが必要と考える。しかしながら現在のわが国産業構造を考えると即座に代替エネルギーに変換することは技術的にみて困難である。したがって当面は代替エネルギーへの変換と並行して安全性が確保され再開が可能な原発を再開させたい。」てなことを発信すべきではないでしょうか。

中期的な取り組みでは、原発の廃止につながるメッセージを発信しつつ、短期的には代替エネルギーと並行して必要最小限の原発を再開する、と言った基本的な考え方を発信した上で、担当大臣から原発を有する県に働きかけることが重要と思うのです。

会社でも、どこでもそのような位置づけをもとに、何かをするということが行われている思うのです。

現在の首相は勤めたこともないから、この辺りのことをご存知ないから、あきれられている現在のような行為しかできないのでしょうか。

皆さんはいかがお感じでしょうか。

是非、この辺りのことを側近のスタッフは進言すべきと考えますが。

いかがでしょうか。

2011-06-26

電力が日々あまっているのに何故蓄電技術が研究されてこなかったのでしょう

毎日東電から発電量と消費電力量が報告されるようになって気付いたことがあります。

どうしていままで電力を蓄電する技術が研究されてこなかったのでしょう。

スーパーコンピュータに匹敵する技術だと思うのですが。

電池は蓄電と放電を繰り返すと有限回で電池が駄目になることがあり、この有限回と電池の価格がネックになり研究されてこなかったのでしょうか。

しかし、ここに来て電気自動車が実用化され始めて来ている現状を考えると、もっと国家的に蓄電技術が研究されてきてもおかしくないのではと思いはじめました。

原発などに多額の税金をつぎ込んできたのですから、こらからでも遅くないので早期に蓄電技術を確立することが重要と思うのです。

繰り返し性への問題は自動車に電池を搭載することで解決できると思うのです。

つまり、電池がへたるころには自動車または電池を交換されるはずだからです。

この自動車の電池を国家的にうまく使えるようにして、発電されて消費されなかった電力を自動車の電池に一時蓄積するのです。

スマートグリッドの思想かもしれませんが、早期にそのようなことを実行すべきと考えます。

それと並行して蓄電および蓄電施設の研究を国家意的なプロジェクトで実行すべきと考えますが。

いかがでしょう。

2011-06-21

もっと深みのある報道はできないものでしょうか。

毎日、首相の退陣時期の報道がされています。

TVのコメンテーターもその報道にコメントしています。

しかし国民が望んでいるのはそのようなことではないのではないでしょうか。

まずその辺りのことをコメンテーターの方々に指摘いただきたいと思うのは、私一人でしょうか。

街でのインタビューに応える一般の方々も、TVのコメンテーターと同じ口調で、退陣時期のことを発言しています。

勿論他のことを言っても、テレビ局の方で報道しないとは思いますが。

今まさに報道していただきたいことは、今までの政策の駄目だったこと、その政策はどの政党が推進してきたことなのかと言うこと、今後はその結果を踏まえてどうしなくてはならないのかと言うこと、などです。

何が問題で、そのことはどうしてそのようにされてきたのか、を検証することこそ、現在求められていることだと思うのです。

このようなことがされて初めて復興が始まると思うのです。

震災の復興ではなく、国の復興です。

是非マスコミの方々の活躍を期待いたします。

2011-06-10

せめて姿勢だけは示して欲しい

法律の立法化ができない状況であれば、あるほど姿勢を示してもらいたいと思っているのは私一人でしょうか。

お金をばら撒いたり、年金記録の回復など、多くの公約は国民視線での政策だったと思います。

しかし、これらの実行には法律の改定や制定が必要であれば、現在の勢力では困難であることは理解できています。

ですからできないことを、できないままに時間を過ごすのではなく、できるところを実行していただきたいのです。

その時には公約した時の姿勢を見せてもらいたいのです。

国民視線の姿勢です。

またできることの中で、姿勢が見せられることを実行していただきたいのです。

現在の与党にはその姿勢さえ感じられなくなっていると思うのですが。

いかがでしょう。

どんな小さなことでもいいのです。

姿勢を失っていないことを示すべきだと思います。

是非、法律の改定なくして、できることで探し出し、即座に行動していただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2011-06-07

いつまでも幻想を持ち続けないことでは

内閣不信任案が否決されましたが、小沢氏の行動は何だったのでしょう。

もう、ついて行くべきでないリーダーと判断されるではないでしょうか。

部下のハシゴをはずしておいて、自分は欠席なんて、あり得ないでしょう!

そして松木氏が賛成票を入れるなんて。

やるならリーダーが皆に欠席か反対票を入れろ、賛成は自分だけでよい、とかです。

しかし、賛成票を入れてると言うと、皆はそれに沿ってしまう力学が働くかもしれませんから、賛成票を入れることは言わずに賛成票を入れるのが適切かもしれません。

ともかく、自分が欠席しておいて、皆は自分の判断でやれとは、リーダーたるもののやることではないと思うのですが。

いかがでしょう。

もうこのようなリーダーについていくべきではないと思うのです。

ビジネスの世界でこのようなことをするリーダーにはだれもついて行きません。

政治の世界は特殊なのでしょうか。

選挙の時にお世話になったからかも知れませんが、今回の行動を見た方々は幻想を持ち続けないことだと思います。

いかがでしょうか。

2011-06-02

市民運動家のあなたもか!

どこの国をみても、『革命』をスローガンのもとに政治を牛耳った者がすぐに自分の保身にはしる姿を見せられている昨今、今日の有様は何なのでしょう。

市民運動家出身の貴方もその一人なのか、と言わざるを得ません。

だれも現在の与党を変えろと言っていません。

昨日の党首討論でも野党からそのような発言はありません。

貴方が問われているだけです。

つまり、与党の中でその長をだれにするのか問えばよいのです。

党内の問題にされて、党内で選挙なりを行えばよいのです。

解散・選挙には800億円くらいの費用がかかるようなことが言われています。

このような金は使うべきではありません。

市民運動家出身であれば、一寸考えれば分るはずです。

今日、否決・可決のいずれであっても、筋を通すべきと考えますが。

いかがでしょうか。

あえて書きますが。

与党のだれも現在の与党を変えろと主張されていません。

貴方が問われているだけです。

何が今、貴方に問われているのかを考え、次のことを考えるべきです。

税金をさらに使うことは絶対やるべきではありません。

いかがでしょうか。

2011-05-31

代替案を話していただけるようにはならないものでしょうか

政治家、テレビのコメンテーターなどの発言を聞いていますと、現在見えていることに対する批評ばかりで、それに対する代替案などが示される場面にあまり遭遇しませんが。

どうしてなのでしょう。

コメンテーターは批判することが使命と考えているので、ああなれば、こう言い、こうなれば、ああ言う、ということなのでしょうが。

しかし、政治家であれば言ったことができる立場なのですから、是非代替案なりをお話していただきたいのです。

あえて言わせていただけば、いままでの与党の方々からは代替案に加えて、いままでの政策で現在問題になっているところに関しては、どのような施策が有効でなかったとか、あの法律がうまく働いていないとか、話していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

だれが主体になって立法なりが行われたのかわからずに、あたかも現在の政府に責任があるように言われているような場面を見受けますが、冷静に考えてみるとかなり前からの問題であったのではと思われることが多いように感じられます。

もしも批判することが使命とお感じになっておられるコメンテーターの方がいらっしゃるようでしたら、是非この辺りも明確に指摘していただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2011-05-30

年齢の高い方々の投票行動が問題?

投票権を持っている方々は人口比で大きな割合を占めている現在、政治の方向付けをしているのはその方々ではないのかと言う仮設が立てられます。

現在の政治情勢、今までの与党の方々が築き上げてこられた現在までの状況の責任の多くは、年齢の高い方々にあるのではないでしょうか。

戦争もご経験されているかもしれません。
戦後のどさくさを知っておられるかもしれません。
学生運動も経験されているかもしれません。
猛烈社員のご経験もあるかもしれません。

多くの経験を積まれたきたはずです。

今までの与党が行ってきたこともよく知っておられるはずです。

ただ現在の与党と野党という枠組みではなく、いままで行われてきた施策のこともよく知っておられるはずです。

今後のわが国の方向付けには是非いままでのご経験を下敷きにされて投票行動していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

高年齢の方々の投票行動こそ、こらからの日本に重要なものになると考えます。

2011-05-29

何故データが今頃にとか言われていますが

原発事故のデータが28日に「3月11日の地震発生後から同月17日までに測定していた未公表の放射線量データ計1509項目を発表した」と報道されました。

これに対してなぜ今頃に、と言われていますが、冷静に考えれば当然ではないでしょうか。

別に東電に肩入れしているのではありません。

今まで専門家とか言われている方々が最初にコメントしなくてはならないことをしてこなかったことに大きな一因があると考えています。

寅さんではありませんが、「それをいっちゃーおしまいよ」になるかもしれません。

言えば、国民不安を煽り立てることにもなるので、コメントされなかったのかもしれません。

そこはわかりませんが。

データの発表が躊躇されてきたのは、原発事故後の測定系の正常性が確認とれなかったからだと考えます。

あれだけのダメージを受けたプラントのあらゆる測定装置が正常にデータを取れていると考えるのは、技術者であればありえない話です。

手探りでデータを取っていたと前提をおきますと、その信憑性をまず疑うのが技術者の嵯峨だと思うのです。

信憑性の定かにならないデータは発表できないと考えるのが妥当だと思うのです。

では何故今頃発表されてたのかについては、こうです。

多分いろいろなデータからその信憑性が確認できたからでしょう。

そのように考えたいと言うのが、本当の気持ちではありますが。

つまり、このようなことが頻繁に起きている今回の原発事故近傍の報道の件は、3月11日の最初の頃に専門家が測定系および制御系が正常に動作しているのかを言及することなく、正常動作を当たり前のことのように前提にしたコメントをしてきたことに原因があると思いますが。

いかがでしょう。

2011-05-28

学者だけが専門家ではないということ

今回の原発事故に対して、多くの学者の専門家がテレビのコメンテーターとして発言されています。

知見を持っておられる方々としては、学者の方々は適任でしょう。

しかしながら学者の方々の知見の範囲を考えた時、その方々だけの意見を聞いていれば良いのかと感じています。

この問題に対して医師の原田正純氏が5月25日の朝日新聞(朝刊、13面)に、水俣病の経験を踏まえて原発事故に対して、「・・・『何が専門家なのか』があいまいだと言いたい。いわゆる『専門家』(学者)の言うことだけをうのみにすると危ない。魚の専門家とは誰か。大学にもいるだろうが、水俣の海で毎日魚を取って暮らす漁師も専門家です」と言われています。

さらに、水俣病の原因を有機水銀でないと言い続けた専門家の態度に対して、「・・・『あなたがたは素人。俺たちは専門家だから正しい』という風にやってきた」とも述べています。

まさに専門家と言われている方々の専門性を確認した上で、信憑度を計る必要があると思うのです。

原発事故は、原発の原理に対して知見のある方だけが専門家でないと思います。

どちらかと言えば、専門家はプラントの設計・施工にかかわった方であり、原発のオペレーションをされている方々こそ、専門家の中の専門家ではないでしょうか。

原発の原理や、原発のプロトタイプで実験をされてこられた多くの学者(主に大学の)の方々に、福島原発の事故の状況を説明いただいたところで、現実に起こっていることには適切な説明ができると思えません。

しかし、現実にテレビからいろいろなコメントが放送され続けています。

あまりにも収束できないコメントが氾濫しているように思えてなりません。

是非、専門家として学者の方々だけがコメントするのではなく、多方面の知見者からコメントを発信していただきたいと思います。

できればどうしてそのように解釈されるのかを教えていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-05-23

プライムニュースと「みのもんた」の朝のTBSとの違い

代議士が出てきて討論するような番組が、地上波のTV番組には、日曜の朝のNHK、TBSのみのもんたの朝ずば、フジテレビの日曜の朝の番組、同じく日曜朝のテレ朝などがあります。

BSではBSフジのプライムニュースなどがあります。

これらの番組を観ていて、プライムニュースの質の高さに感激しています。

理由はこうです。

代議士がでてきてはいるのですが、話の内容が他の他の番組と異なるからです。

他の番組では討論といってはいますが、放送されている内容は自分の党の主張をただただ繰り返しているだけです。

それに対してプライムニュースでは自分の意見を入れているように話されるのです。

「朝ずば」でよく見せられる代議士間で言い合うような場面はないのです。

言い合っていることが駄目だと思うのではなく、話合いの姿勢ができていないと感じるからです。

討論は自分の主張を正しいからと言って言い続けることではないのではないでしょうか。

正しさは自分だけでなく、他の意見にもあると思うのです。

例えば、自分はきずきが及ばなかったこととか、知らなかった視点であったり、するはずです。

このようなことが微塵も感じられない討論なんて、観るに値しないと感じてしまうのです。

共に気付きがあり、いままで考えも及ばなかったことが話されるようになっていく討論であって欲しいのです。

このような討論がテレビだけでなく、いろいろなところで行われていますが、是非是正して行っていただきたいと思います。

いかがでしょう。

プライムニュースの話の進行は他の番組にない様相と感じます。

いかがでしょうか。

2011-05-17

震災後原発の測定系及び制御系はどのような状態だったのでしょうか

3.11以来、原発の専門家という方々から説明を受けてきましたが、この間、測定系及び制御系はどのような状態だったのかとか、どのように推定されるのかと言ったお話も無しに、講談ではありませんが、あたかも見てきたような説明がありました。

しかし、その専門家からは原発の計測系がどのようになっているか分らないとの前提無しに、あたかも正常に数値が得られていることを前提にお話があったと思います。

このようなことがこの2ヶ月行われてきて、メルトダウンとの報道には一寸あきれます。

何故かといえば、震災後原発の測定系なり、制御系なりがどの程度か予測されていれば、この2ヶ月説明されてこられたことが、どの程度信憑性があることなのか理解できるからです。

逆に言えば、測定系は正常という暗黙の前提の元で、現象(爆発とか汚染水など)
が説明されてきたと思うのです。

専門家であれば、現象を説明する前に出された数値の測定条件を明らかにすることが必要だったはずです。

論文でも掲載された数値だけを鵜呑みにせずに、その数値が出てきた測定条件なり、測定した装置を確認するのが常識だと思うのです。

どうもこの2ヶ月、専門家にしてやられたとの感じをいだきます。

いかがでしょう。

どなたかがコメントされていましたが、どうも原発は科学ではなく、イデオロギーが支配しているようです。

2011-05-12

節電の前に東京電力の電力料金の仕組みを知った方がよさそうです

原発停止に関していろいろなことが発信されています。

電力不足に対しては日々節約が叫ばれています。

確かに原発が停止されれば発電量も減少すると予想できます。

減少すれば不測も予測できます。

しかし、単純にそのように考えて妥当なのだろうかと思わせる講演の映像がインターネットで流されています。

田中優氏の講演です。
 http://www.ustream.tv/recorded/14146884

どうも東京電力の料金にそのヒントがあるようです。

大口顧客、つまり業務・産業用の料金体系に使えば使うほど料金が安くなる仕組みが組込まれているようです。

ここの6,7ページに家庭と業務用、産業用の料金比較が出ています。
 http://eneken.ieej.or.jp/data/pdf/416.pdf

家庭用は単価が高く、利用料金は使用量に関係なく一定ですが、
大口顧客(業務用、産業用)に対しては単価は家庭用の20%弱安くなっており、さらに使用量が多くなればなるほど安くなり約40%下がるような料金体系になっています。

つまり大口顧客には節電するインセンティブが働かない仕組みになっているのです。

家庭での節約も必要ですが、どうも大口顧客が節約してくれる方が節電には効き目がありそうです。

ここには平成22年度の東京電力の各種統計情報が掲載されています。
http://www.tepco.co.jp/company/corp-com/annai/shiryou/suuhyou/pdf/suh-all-j.pdf

ご参考まで。

このような電力状況を冷静に眺めると、原発の停止は電量不足もさることながらよ、雇用がより問題ではと思いはじめました。

いかかでしょう。

2011-05-11

よく地位が器をつくるなどと言われていましたが

よく必ずしも器でない方がしかるべき地位につくと、地位が器をつくるなどど言われた時代がありましたが、最近の首相はいかがだったいでしょう。

前の与党の最近の3名の方々、および現在与党の2名の方々ですが。

どうもこの5代の方々には、その言葉が当てはまらないと感じていますが、いかがでしょうか。

多くの方々が1年近く首相になっていたにもかかわらず、首相の器になっていないように思うのです。

何故なのかと疑問が浮かびます。

勿論、器などという抽象的なもので人物をみることは暴論かもしれません。

しかしながら、首相としての判断なり、言葉なりが、らしく感じられないのです。

そこで仮設を立ててみたいと思います。

首相になると他の方の意見で、自分の考えなりを揺すってみることがないからではないでしょうか。

つまり、自分の意見を言い張り続けることを日常茶飯事に行っているからではないでしょうか。

勿論政党の党首でもありますから、他の方の意見で根拠なく主張が変わるのも変であることはあるでしょう。

しかし、自分らの主張するものが現在の状況に適合しない場合も多々あるはずです。

このような状況でも、今までの主張を言い張りつづけることが自己変革できない、つまり器になれないのではないでしょうか。

是非この辺りのことをどなたか発信してみていただけないでしょうか。

2011-05-09

話合いの姿勢・再考

話合いをTVなどの討論会などで観ていますと、一寸違和感を感じるのは私一人でしょうか。

違和感を感じることは、自分の主張なり、言いたいことを、ただただ話し続け、たの方々が何を言おうと、同じ主張を言い続ける場面を観ることです。

特に代議士の方々が出ている番組ではそのままのように感じます。

代議士は党のメッセンジャーとして出演されているのでと、言われるかもしれません。

確かにそう指摘されると反論は困難です。

しかしながら度々このような話合いを見せられると、疑問が出てきます。

また、自分が何か主張する時に、自分の考え方の方が正しいとか、妥当だとか、思っていなかいか。

勝ちたいとかいう気持ちがないか、と自問もし始めました。

主張する時は自分の考えなりが妥当と思っていると思います。

そして、反論なり、他面からの主張を聞いた場合、よく聞く姿勢をとらずに、ただそれより自分の考えのほうが正しいと確信してしまっていたのではとも感じます。

冷静に考えると、他の方々の意見には、自分が知らないことから考えたことや、自分が気が付かなかったことからの意見だったり、思いもよらないことが多々あったと思います。

つまり、自分の考えだけでは妥当な考えに到達できない場面が数多くあるのだと思い始めています。

話合いなりは、他の方々の意見を聞き、考え、自分の考えを洗練させていくプロセスであると思うのです。

いかがでしょう。

このように考えると、現在の政治の世界で行われている話合いは何なのだろうと、つくずく感じてしまうこの頃です。

2011-05-06

現在の与党の方々にお伝えしたいこと

毎日与党は叩かれています。モットモと感じていますが。

期待していることと遠く離れたことが日々行われているからだと思うのですが。

つまり、しっかりやるべきことを、していないからです。

勿論やりたくても法律の新設や改定が必要なものはできないことは分かっています。

ですから、先ずやるべきことに対して姿勢を示すべきだと思うのです。

「これがやりたい。しかしながらこれに対しては、しかじかの法律の制定が必要である」

とかの宣言です。

さらに
「やりたいことの一部で些細なことだが、これこれは是正できる」
と言って、与党なり、首相の判断でできることを、さっさとやることだと思うのです。

何故新しい与党が選ばれたかと言えば、いままでの与党がやってきたことを是正してもらいたいからでしょう。

昨日の報道でも、沖縄駐留米軍のグアム移転問題での費用の日本の支出割合を59%にするための米側の負担分の10億ドルを水増しし、後日米側がその10億ドルが不要なので減額したいとの申入れに対して、前の与党の方々が割合の変更を国会答弁しなくてならないとの理由でそれを拒否したと指摘されています。

このようなことが多々あったのでしょう。

原発問題でも使用済み燃料はいつまでも冷却し続けなくてはならないなんて知らされてこなかったのではないでしょうか。

これも前の与党の判断です。

このように前の与党の方々が行ってきたことは正す必要があると思うのです。
政権が変わってから以降、そのような思い切った判断なり、実行が行われたとの実感がないのです。

是非気付いて下さい。

そして今までの与党の方々が行ってきたことを、できるところから是正して下さい。

法律の新設や改定を必要でないところから。

2011-04-27

ボランティアの活動範囲を広げたらいかがでしょう

大変ありがたいことに、今回の震災にも多くのボランティアの方々が活動されています。

参加されておられる方々に敬意をはらいます。

ところでボランティアですが、活動範囲を大きくしたらいかがでしょう。

雇用を脅かすとの問題があることは認識しているつもりです。

確かに、雇用不足が叫ばれている現在、やみくもに拡大することを主張するのは不謹慎だと思っています。

しかし、ここでは雇用を脅かすことなく、できる分野への拡大を提言したいのです。

まず政治の世界です。

特に地方自治の議会です。

議員報酬はばかになりません。

また職業議員は不要ではないでしょうか。

全てボランティアにするのです。

ボランティアにすると、できない人が出てくる、との反論があると思います。

そこには、夜の議会開催や、土曜、日曜の意見聴取、インターネットによる意見収集など、いままで行ってこなかった(法律でできないこともあるでしょうが)ことも試行するのです。

なにしろ国家予算が少なくなっていることを踏まえれば、ボランティア活動を増やし、経費の抜本的な削減をはかることだと思うのですが。

都道府県の管轄下の独立法人の事業の停止や、50歳以上の役員のボランティア化なども俎上に上げることが必要と思います。

このように俗に言う若者の雇用を減らすことなく、経費の削減ができると思うのです。

災害復旧のボランティアを見ている代議士の皆さんも是非、ただ賞賛しているのではなく、自分達でできることを自分の頭で考え出して下さい。

あまにも智恵がなさ過ぎます。

2011-04-20

原発などに対する工学部の学者の完成度の捉え方

安全、安心の支えを専門家、特に大学の工学部の学者の方々が担っていることが多いと思います。

確かに原理に対する専門性は、そのような境遇の学者の方々信頼できると思います。

しかしながらそうばかりは言えない面もあると思います。

例えば今回の原発事故に何故日本の大学などで開発されてきたロボットが活躍できないかです。

一部の報道ではロボットの核となるコピュータ周りのICチップが放射線に影響する民生のものを使用しており、動作に不安があるとのことが書かれていました。

さらに原発事故などの場面で使えるようにするためには放射線の影響のないICチップが必要とありました。

確かにそうだと思います。

しかしそれだけではないと思います。

何かと言えば次のようなことです。

大学や国立の研究所で研究・開発されている方々は原理の実現性に関心があるのです。

ロボットで言えば、壁を登れるとか、瓦礫のなかでも走行できるとか、迷路であっても自分で判断して道が探せるとかです。

この場合にロボットでは以上のことを処理するプログラム(ソフトウェア)の開発が、コンピュータなどのハードを開発することに加えて、必要となります。

このソフトウェアの開発内容が曲者なのです。

大学などの学者の方々は、そのソフトウェアの開発で自分の成果として学会などで発表できることに関心があるのです。

学者であれば当然のことだとは思います。

しかしこのことなどが開発するソフトウェアの内容を規定してしまうのです。

つまり俗にいう『正常系』のソフトウェアの開発に重点が置かれ、『異常系』の開発が充分でないということがあるのです。

理由は、開発には時間、費用などのコストが正常系の開発よりも数倍かかるからです。

ソフトウェアでは正常系に比較して3倍から5倍のコストがかかると言われます。

ですから大学の要員、予算では原理の確認に必須な正常系に重点が置かれるのです。

そしてこのことから原発などのところで活躍できなくなるのです。

このことはロボットだけでなく、原発の研究でも同じようなことが言えるのかもしれません。

一寸考えてみてください。

2011-04-16

原発の制御用コンピュータは大丈夫なのでしょうか

原発は電源がきれ、バッテリー、発電機も駄目だったとのマスコミでの報道がありましたが、原発の制御に使われているコピュータは大丈夫だったのでしょうか。

この辺りのことがあまり報道されていませんが。

大丈夫かと考える際、最低三つくらいの疑問があります。

・コピュータ自身(数多くのコンピュータがあると思いますが)は何も被害を受けなかったのか

・電源は大丈夫だったのか(無停電電源のことですが)

・コピュータの接続ケーブル(LANや通信回線)は大丈夫だったのか

です。

これらが大丈夫だったとしても、さらに疑問が出てきます。

・ところで電源が切れた後、電源が復旧した際にコンピュータは無事立ち上がったのか

・立ち上がったコンピュータは正常に動作しているのか

などです。

原子力関係の専門家のコメントを聞いていると、この辺りにあまり関心がないのか誰も言及していません。

どうしたことでしょう。

まさか駄目で、全てを手動に切替えてやっているということではないでしょうね。

全部ではなく一部が正常に動いているのかも知れませんが。

計器に接続されているケーブルや計器の電源線など不具合はないのでしょうか。

ないと考えるよりも、あると考えるのが今回の原発事故では常識だろうと考えると一寸気にかかります。

是非マスコミの方々にこの辺りにことを報道していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-04-14

重要なのは意外とプリミティブなこと

今回の津波、原発事故の対処を新聞、テレビなどのマスコミ報道に接して、プリミティブなことが意外と重要であることを知りました。

「津波がきたら高いところに逃げろ」とか「原発の冷却には消防車の放水を」とか「電源が落ちたら電源車を」とかです。

高いところといっても建物の高いところではなく、状況を見てさらに高いところに避難ができる高いところです。

3階の建物を高いと判断しても今回のような津波では避難にならなかったことがあったからです。

3階から4階、5階とさらに高い建物でなくてはならなかったことを知り、高いところとはまさに、さらに、さらにと高いところに避難できる場所が必要だったと感じます。

つまりいくら高く、頑丈な建物であっても備えにはなりにくく、また原発の原子炉がいくら頑丈な設計になっていたとしても備えになっていなかったことが今回分ったように思えます。

いかがでしょうか。

このようなことから言うのは短絡的かもしれませんが、専門家のコメントはあまりにもできないような対処方法であると感じてなりません。

特に原発事故のことでは原子力の専門家が難しくお金のかかりそうなことばかりお話になり、プリミティブなことが置き去りになっているように感じます。

今後、津波、原発に対する安全策なりを検討する際には、是非プリミティブなことも重要視する方向で審議なりをしていただきたいと思いますが。

いかがでしょう。

2011-04-08

現在の与党だけでなく今までの与党も問うことが必要では

今回の原発事故対応や大震災の対応をはじめ多くことが現在の与党に問われています。

確かに現在の与党こそ当事者であり問われる主体であると思います。

しかしながらこれでいいのでしょうか。

例えば原子力委員会の見解や東京電力の原発の状況など、原発に対する推進は元の与党の判断に大きく依存していると言って何か不都合があるでしょうか。

国会は与党だけでなく、野党も含めた審議と判断の結果であると言われるかもしれません。

そのようなことが言えることもあるでしょう。

そうは言ってもただ単に現在の与党だけが俎上にあげられている現状はどうも不可思議でなりません。

テレビのコメンテーターの方々、特に政治を専門にしていない方々から素朴な疑問として提起されていないことに何か腑に落ちません。

皆さんはどのように感じておられるでしょうか。

当事者はだれかということと、ここまでしてきたのはどこに原因があったのかがいつも同時に問われることが必要ではないのでしょうか。

結果責任だけでなく、原因を作ってきた方々にも大きな責任があるように思うのです。

どうしてこの辺りのことがマスコミで取り上げられていないのか強く疑問を感じています。

いかがでしょうか。

是非コメンテーターの方々から素朴な問いかけをしていただきたいと思います。

2011-04-07

独立行政法人などの役員報酬を1/3にされたらいかがでしょう

独立行政法人の役員方の報酬は1千数百万円以上です。

そして役員数は640名、さらに特殊法人を入れると1000名を越えています。

http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/2008/081225_17.html

そこで提案です。

60才以上の役員の方の報酬を1/3にするのはいかがでしょう。

1500万円であれば500万円、2000万円であれば660万円、2200万円なら730万円にするのです。

こうすれば1000万円、1340万円、1470万円の経費節減ができます。

60才以上の役員の方が80%以上いらっしゃったとして、
経費節減が平均1300万円できるとして
節減できる金額をもとめますと
640人X0.8X1300万円ですから
66.56億円となります。

結構な金額です。

特殊法人を入れて1000人にすれば
104億円です。
(1000人X0.8X1300万円)

さらにいろいろな組織があり、
各種委員会の委員で
60才以上の方の報酬を1/3から1/2にすれば
多分数百億円の経費が節減できると推定されます。

このように60才以上の方々の報酬なりを適切にすることだけでも結構な節減ができるのです。

是非マスコミの方々に世論を作っていただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

60才以上の方々にしたのは、お子様に費用はかからなくなっている、生活費にあまり費用がかからなくなってきている、国民年金などの支払が終了することなどを考えると1000万円などという報酬は必要でないと考えるからです。

さらに言えば、60才以上の雇用の費用は適切にしてお金のかかる30才台から50才台程度の方々にそれなりの報酬がいきわたり、若年層の方に雇用の機会を作るべきと考えるからです。

是非、この大震災を契機に前述のようなケースを発見して費用節減をしませんか!

いかがでしょう。

2011-04-04

原子力安全委員会の委員の方々の報酬を見直すことが必要では

原発事故の件で原子力安全委員会の対応が問題になっていますが。

この方々の報酬を調べてみましたら結構厚遇です。

原子力委員会の常勤の委員

原子力安全委員会の常勤の委員
の方々のは月936,000円です。

委員長は1,060,000円です。

今回原子力安全委員会の委員の方々の対応を拝聴する中で、同じような発言内容のことをお話いただける方々が多数いらっしゃることをテレビのコメンテーターとしてご活躍いただいていることから知ることができたのではないでしょうか。

この中には現役でない方々もいらっしゃるようですが、世の中には知見を持っていらっしゃる方は数多くいることを知りました。

このことからご提案ですが。

知見をお持ちの委員の方はボランティアでやっていただくのはいかがでしょう。

なにも災害対策ばかりをボランティアでと考えなくてもよろしいのではないでしょうか。

数の多い団塊世代が現役を退く年代になり、当然知見のある方々もいらっしゃるはずですから、是非、知見ボランティアを組織化して経費の節減に貢献いただくのはいかがでしょう。

勿論無報酬ではなくてもいいと思います。現行報酬の1/3~1/2程度でもよいのかも知れません。

今回の大災害の対応の中の一つとして是非報酬に関係する方々にご検討いただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

参考までにウェブ上に公開されている情報を以下に示します。
是非ご覧になってみて下さい。

よろしくお願いいたします。

[参考]月額報酬
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S24/S24HO252.html

内閣総理大臣
二、〇六〇、〇〇〇円


一、五〇三、〇〇〇円
国務大臣
会計検査院長
人事院総裁

一、四四一、〇〇〇円

内閣法制局長官
内閣官房副長官
副大臣
国家公務員倫理審査会の常勤の会長
公正取引委員会委員長
宮内庁長官

一、二二八、〇〇〇円
検査官(会計検査院長を除く。)
人事官(人事院総裁を除く。)
内閣危機管理監
大臣政務官
公害等調整委員会委員長
運輸安全委員会委員長
侍従長

一、二〇四、〇〇〇円
内閣官房副長官補、内閣広報官及び内閣情報官
常勤の内閣総理大臣補佐官
国家公務員倫理審査会の常勤の委員
公正取引委員会委員
国家公安委員会委員
式部官長

一、〇六〇、〇〇〇円

公害等調整委員会の常勤の委員
中央労働委員会の常勤の公益を代表する委員
運輸安全委員会の常勤の委員
総合科学技術会議の常勤の議員
原子力委員会委員長
再就職等監視委員会委員長
証券取引等監視委員会委員長
公認会計士・監査審査会会長
中央更生保護審査会委員長
宇宙開発委員会委員長
社会保険審査会委員長
東宮大夫

九三六、〇〇〇円
食品安全委員会の常勤の委員
原子力委員会の常勤の委員
原子力安全委員会の常勤の委員
情報公開・個人情報保護審査会の常勤の委員
公益認定等委員会の常勤の委員
証券取引等監視委員会委員
公認会計士・監査審査会の常勤の委員
地方財政審議会委員
国地方係争処理委員会の常勤の委員
電気通信事業紛争処理委員会の常勤の委員
中央更生保護審査会の常勤の委員
宇宙開発委員会の常勤の委員
労働保険審査会の常勤の委員
社会保険審査会委員
運輸審議会の常勤の委員
土地鑑定委員会の常勤の委員
公害健康被害補償不服審査会の常勤の委員

2011-04-01

地域の復興をする時の条件として

今までの地域の設計・開発は舗装道路、コンクリート、高層化、大形商業施設などがプロ都市設計家などによって推進されてきたと思うのですが。

彼らの発想には何か欠けたものを感じます。

今回の復興にはプロではない発想での智恵を出すべきと考えますが、いかがでしょう。

さらに言えば、いままでの延長ではない発想を期待したいと思います。

そこで現在の都市などの開発で問題と思っていることから、新しい復興の条件として次のようなものを提起したいと思います。

・単位とする地域はあまり大きなものにしない
 高齢者と子育て世代が生活し易くなるように


・単位の地域は商店、住宅、クリニック、行政拠点などほぼ地域で完結する
 高齢者、子育て世代が生活し易く


・道路は土密封形のアスハルトなどではなく、水分が通過して下の土に到達できる半密封形の道路とする
 夏涼しく、水を無駄にしない

・道路には地域に合った広葉樹を植える
 夏涼しく、冬は暖かくする

・5階以上のビルは建築しない
 高層ビルの林立が高度文明でないことを実感できる環境を創る

・住宅は平屋とする
 高齢者、子育て世代が過ごし易い家と家並みを創る

・大形商業施設は設けず個人業を核とする
 遠隔地の会社や大形商業施設に雇用を作るのではなく、地域で生活できる雇用を作る

などです。

いかがでしょう。

現在の東京などの都市を真似したような街を創ることだけはさけられないものかと考えますが。

2011-03-31

義捐金で飲み食いをしないで下さい

義捐金が500億円以上と報道されています。

本当にみなが心配している結果だと思います。

ちゃんと被災者に渡ってほしいと思っています。

以前「赤い羽根募金」では募金の一部が飲み食いに使われているとの報道があったとの記憶があります。

最近の赤い羽根募金の収支報告ではその当たりが分らないような大きな項目での金額しか書かれていません。

しかし記憶では以前はそれなりの項目まで報告され、飲み食いではないにしても活動グループにお金が配分されていたと思うのです。

ボランティアで災害復旧する手は積極的に図れている昨今、従来型の経費の使い方が俎上に上げることが必要な時期に来ていると思います。

赤い羽根募金も大きな組織で行うのではなく、ボランティアのネットワークで行うようにし、さらに募金から経費を差っぴくのなら、是非経費の透明化(小さな項目までの金額の公開)と弁護士、税理士なりの監査報告をするような枠組みにすることが必要と考えますが。

いかがでしょう。

東日本のあり方を考えることが必須と提言されてきている今回のようなことを契機に義捐金の使途の報告なり、義捐金なりの使途の透明化を適切に行って欲しいと思います。

関係者の方々!!
是非実行して下さい。

よろしくお願いいたします。

2011-03-29

東電幹部の方々は第一線の現場の方々の支援を

第一線で命をかけて原発事故に立ち向かってくれていただいる方々の劣悪な日々の生活(食事、休憩場所など)の報道に触れ、東電幹部の方々はどのように感じておられるのかと首をかしげてしまいます。

いかがでよう。

東電は協力会社にそれ相当のお金を払っているのだから支払を受けている会社がやることだと東電幹部の方々は思われているのでしょうか。

「協力会社」と言われるのであれば、その協力なくして東電は成り立っていないはずです。

この辺りの「気付き」がないのでしょうか、東電幹部の方々は。

東電の社員に言っているのではありません。

あくまでも東電幹部の方々にです。 東電幹部の方々は社員に命令できる権限を持っています。

一方、東電幹部の方々は現場の第一線で何かできるとは考えられません。 つまり、現場の支援しかできないと思われます。

 だこらこそ、協力会社の方々を含めた第一線で命がけの仕事をしていただいている方々に、せめて食事や寝る環境(寝袋など)を整えるための支援の命令を出していただきたいと感じるのです。

遅くありません今からでも結構ですから、是非やって下さい。

付け加えさせていただけば、先日の被曝事故なども東電幹部の方々に「気付き」があれば起き得なかったと思っています。

 東電幹部の方々!気付いて下さい!!!

2011-03-25

東電幹部の方々は現場の事故対応環境にもっと留意すべきでは

昨日も被曝事故がおきました。

3人の方々の活動に感謝いたします。
早期の回復を願っております。

ところで東電幹部の方々は何をしているのでしょう。

昨日の東電本社の会見で担当の方が「3人の方々」と表現されていました。

あまりにも当事者感覚を持っていないと感じました。

東電職員でないのでとの意識だと思います。

しかし、そのような認識で東電社員の方々が思われているのなら当事者意識が欠落していると思います。

もしも東電社員の方でない皆さんにお願いしているのであれば、職場環境(現在は事故環境でしょうが)の注意事項を徹底させるべく、東電幹部の方々が陣頭指揮するのが当然ではないでしょうか。

東電の取締役では現場の修復はできないことは理解できます。

そうであれば自らできる事故現場で不眠不休状態で奮闘いただいている方々(東電社員かそうでないかは区別すべきでありません)の環境に対する注意や指示(昨日の例であれば、長靴の準備指示や放射能計測の東電社員による実行指示など)をバックで支える行動が必要でしょう。

何でそのようなことが東電幹部の方々の行動に見えないのでしょう。

結果からやっていないとしか見えません。

短絡的かもしれませんが、何か東電は今回の災害の被害者になっているように思えてなりません!!

東電幹部の皆さんへ

被害者にならないで下さい。
現場で奮闘している方々が健康で行動できる備えの陣頭指示を現場で行って下さい。 東電社員の方であろうとなかろうと自社社員のように(同じように)考えて下さい。
現場の方々は幹部の皆さんの代わりに奮闘してくれていることを認識して下さい。

東電幹部の方々の動きが見えません!!!

2011-03-24

今回の原発事故に対して電力中央研究所が見えませんが

今回の福島原発事故に対して、電力9社が出資して運営されている財団法人電力中央研究所の活躍が見えませんが、どうしてなのでしょう。

当然のことながら原子力発電関係の研究も研究項目になっています。

年度予算は約306億円です。
役員21名、評議委員30名、人員824名です。

ここの研究に原発で事故があった場合に安全に処置する際に必要となるものの研究は行われてこなかったのでしょうか。

テレビ報道からは見えてきません。

多くの研究者がおりながらどうしたことでしょう。

今回の事故を媒介とした事故に対する備えの研究は行われていてしかるべきことだと思うのですが。

未曾有のことだから想定外と思っておられるとしたら一寸首をかしげてしまいます。

なぜなら、今回のことに対しては設計云々や、設計条件云々が問われているのではなく、次のようなことだからです。

例えば
・制御室の部屋の照明が切れた際の対応設備として何を準備いなくてはならないか
・放射能が発生された事故現場で火事が起きた際に必要なもの、設備として準備していなくてはいけないか
・予備設備としてどこに何を用意しておく必要があるか
・原発事故が起きた際に必要なものを電力9社でどのように準備しておけばいいのか
・電力9社でどのように連携して事故対応することが必要か
など、などです。

これらのことは「未曾有」とか「想定外」とかに関係ない基本的なことだと思うのです。

このようなことが事故発生から今日まで福島原発事故処理に何も発揮されていないように思えてなりません。

いかがでしょう。

何か専門家の方々は勘違いされているのではないでしょうか。

難しいことばかり取り上げられて、プリミティブなことが忘れられていると思います。

火事になれば水をかけ、電力が来なくなれば電線を引き、プールに必要な水を空から注水している状況を見せられると原発事故にもプリミティブな処置しかないのだと思えます。

であれば、あるほど原発の安全性の研究は放射能の防護服の研究・開発であったり、予備電源の備えをどのように確保できるようにするにはどのようなことが必要かとか、代替部品の備えをどのようにして確保できるようにするか、などの研究・検討が必要なのではないでしょうか。

本当にこのようなレベルの検討がされてこなかったのでしょうか。

是非高い報酬をいただいている当事者ならびに原子力XX委員会の委員の方々に情報発信いただきたいと思います。

よろしくお願いいたします。

2011-03-23

今回の地震の支援にNTTなどの通信会社の活躍が見えないのは何故なのでしょう

これだけ、携帯がつなかがらない、電話がない、電気もきていないとの報道があり、さらに避難場所にいる方々から「支援を求める連絡ができなく、必要な物資が届かない」とか、医療現場の先生からは「医療材料がなくなるが連絡ができない」などのことが報道されているのにNTTをはじめとした通信会社の活躍が見えないのは何故なのでしょう。

現在、通信会社は可搬形携帯電話基地を提供したり、衛星電話を提供したり、無線LANを無料開放したり、171などの伝言サービスを提供したりはしています。

しかし、これらの多くは机に座っていてできるサービスであり、現場に出向いての支援ではありません。

確かに通信業者は出向いてサービスする業種ではないかもしれません。

しかし前述のように非支援者が支援者側に情報を伝える手段がないため困っているのです。

多くのマスコミが連日報道しています。

このような時にNTT,KDDI、ソフトバンクの幹部の方々は何を見ているのでしょう。

メールで医療関係の先生が通信手段を持参している自衛隊、警察関係の方に被害地の避難所に入っていった時に、お一人そこにいてもらって通信手段を使えるようにしたらよいのではと書かれていましたが。

この方法もさることながら、通信業者の方々に衛星で通信できる携帯電話を持参いただき、避難所のチーフに1台貸し出すことをされたらよいのではと思っています。

いかがでしょう。

通信ができないなら「飛脚」の復活しかないのではないでしょうか。

是非、避難所、医療機関への1台の衛星携帯電話の貸出しをご検討いただきたいと思うのですが。

原発事故の対処の怒りはマグニチュード9.0に対する備えではありません

未曾有の地震と言って、あたかもそれに対する対応がとられてこなかったことにガードをかけているように感じられてしょうがありません。

9.0のマグニチュードであったらから、津波が想定をはるかに超えたものであったから、ではありません。

怒っているのは。

是非この辺りのことを今後のことに反映していただきたいと思うのです。

地震や津波が想定できなかったことは、いたしかたないと思えなくはありません。

それを問うつもりはありません。

怒りの対象は次の事です。

・地震なりで放射性物質が拡散した出した際に着る防護服の備え
・予備電源の備え
・蓄電施設の備え
・消火設備の備え
・爆発発生時の備え
・放射性物質拡散への備え
など、などです。

勿論備えられていたものもあるとは思いますが、今回のような被曝があることまでの備えができていたように見受けられません。

これらのことはマグニチュード9.0とか、津波の大きさに依存しない備えです。

是非、震度や津波の大きさに言及先を求めないで下さい。

今回の福島原発の事故に対しての怒りは、東京電力の備えのなさに向けられているのです。

基本的な備えができていなかったのだと思います。

原子力XX委員会の委員の先生方も、「できないこと」ばかりを審議されて、「しなくてもよい」との結論を出したり、原子力発電の危険性ばかりを審議されて、基本的な備えを検討されてこなかったのではないのでしょうか、と思い始めています。

つまり、難しく、できもしないことを審議されてきたのではないのかと感じるのです。

今後は是非、大きさに対する対処方法だけでなく、どのような大きさの自然災害であっても着実に処置できる方策に智恵を絞っていただきたいと思いますが。

いかがでしょう。

2011-03-22

原発で頑張っていただいている東電社員の安心・安全ははかれてきたのでしょうか

今回の福島原発の事故に対して命をかけて修復を行っていただいている東電をはじめとした社員の方々、自衛隊、警察、消防関係の方々に感謝します。

ところで今回の原発事故の報道を聞いていますと、東電などの社員の方々に対する安心・安全の対策がどのように行われてきたのだろうと一寸疑問を抱きはじめました。

部屋が真っ暗とか、部屋内に放射能がとか、施設外の修理作業に被曝がとか、・・・

現場の社員の安心・安全に対してどの程度対策が行われてきたのでしょう。

住民に対して安心・安全を確約するのと同じように社員に対する安心・安全なくして適切な操作・運用ができのではないでしょうか。

マスコミの報道だけでは真の姿は計り知れませんが、どのようになっていたのでしょう。

東電の幹部の会見の姿勢を見ていますと、東電という会社は現場第一主義になっていないのではと感じてしまいます。

数多く取締役がいるようですが、現場で操作・運用された方々がどのくらいの割合でいらっしゃるのだろうと思いはじめました。

なぜかと言えば、施設外で活動される際の放射線の防護服の研究・開発、予備電源の当該施設以外の場所での確保などが準備されてこなかったのではと報道の内容から感じるからです。

報道がないので推測の域をでませんが。
そうでないとの情報をお持ちでしたら是非、情報発信してください。

早すぎますが、今後は是非、原発で働いていらっしゃる東電社員の方々が安心して・安全に働ける技術や設備などを研究・開発されて、備えていただきたいと思いますが。

いかがでしょう。

ひいては住民なりが安心して安全に暮らせる環境が保たれると思うのですが。

2011-03-21

原発事業者には「自己修復可能比率」の導入が必要では

今回の東電の原発事故に対する対応をマスコミ報道から見ていて思うことがありました。

それは当事者である会社が事業として使用している設備の不具合に対してどの範囲がその会社の社員だけで修復対応ができるかの新しい指標として自己修復可能比率のようなものを導入することが必要ではとのことです。

マスコミ報道を見ているものとしては、今回の東電幹部は最初地震事故として原発事故を捉えていたのではと感じました。

福島原発の現場の方々が命をかけて必死に対処いただいていることを感謝しています。

しかしながら東電幹部の方々は経営者としてその姿勢が問われる方々ですので、現場の方々の活動に敬服していることとは別に今後の課題に言及させていただきたいと思います。

東電の幹部の方々は今回の原発事故に対してオペレーション会社としてその責任を果たすことと思っていたのではないでしょうか。

マスコミで「社員の撤退」云々との報道を真に受けると、そのように感じてしまいます。

真意はそうではなかったのかも知れませんが、「安全」をあらゆる場面で言われてこられた社の姿勢はそのように思われてても仕方ないのではと感じてなりません。

それはそうとして、今回の原発事故の対処されている会社の方々は報道で知れる限りでは、東電社員の方々に加えて子会社の方々、東芝、日立などの設備設計・設置・工事会社の方々などです。

つまり、オペレーション会社が抱えている社員だけでは今回の原発事故処置はできないことがわかります。

原発のように、事故になると多くの方々の命にかかわる設備を使って事業を行う場合にはいろいろな規制をすることもさることながら、事故に対して自社の要員で事故対処できる範囲が一定以上あることを条件に事業認可するような考え方を導入するのはいかがでしょう。

提案したい新しい指標は、自己資本比率と同じような概念の「自己修復可能比率」です。

この「自己修復可能比率」と「直営修復可能範囲」を開示させ、事故迅速な対応ができる範囲がどの程度か一般の方々にも分るようにするのです。

是非、失敗学会の方々の検討をお願いしたいと思います。

よろしくお願いいたします。

2011-03-18

飛脚をマスコミ、通信業者、MR(医療情報担当者)などに依頼したら

今、被災者の避難場所に物資や医療材料が不足しているとの報道があります。

一方、物資はそれなりのところに配送されているのに、避難場所で何が必要か分からないので配送できないでいるとの報道があります。

そこで提案ですが、現場に入っているマスコミの方々に避難場所の位置情報と必要なものの情報を収集いただくことを県なり、国なりから委託したらいいのではないでしょうか。

場合によったら軽量なものは配送までも委託するのはいかがでしょう。

また、通信業者の方々には携帯電話の通話環境を整えていただくことに加え、設置した避難場所で必要な物資なりの情報を収集していただくことを委託したらいかがでしょう。

こちらも軽量なものであれば配送までやっていただいたらいいのではないでしょうか。

さらに医療情報担当者(MR)の方々には、避難場所や医療機関で必要なものの情報を収集していただいたらいいのではないでしょうか。

もしも警察なり、自衛隊なりの方々以外には難しいのであれば、警察や自衛隊の方々と一緒に活動いただき、情報収集や物資の配送ができるようにすることはできないものでしょうか。

被災地に多くの方々が入っているのに、被災地の場所や情報が伝わらないとの報道には気が気でありません。

是非、県、国の関係者の方々に知恵と工夫を発揮いただきたく思います。

検討をお願いいたします。

何故今回の原発事故に対して多くの技術がみえないのでしょう

今回の原発事故対応をみていて、どうして次のような技術がないのだろうと感じています。

・放射線を防御する服
・放射線を防護しながら走行できる装甲車、消防車
・原発の各所を監視できるカメラの設置
・原発を監視できるロボット
などです。

開発には相当の費用はかかるとは思いますが。

今回の原発の運用期間である40年を考えると開発期間は充分あり、費用もそれなりでできてきたのではと思ってしまいます。

いかがでしょう。

この間、元の与党に多額の政治献金が渡っています。

この金額を当てれば今回の当事者である東電でも開発できたようにも感じます。

東電でなくても原発の安全性を研究されている国立の各種技術研究所、国立大学の研究室でも基礎研究なりはできたはずです。

何か元の与党の配下で、国立の技術開発研究所、国立大学の研究者は芽をつまれて研究できなかったからでしょうか。

前記技術はあまりにもプリミティブな技術であり、今回の原発事故に目にできないのは残念でなりません。

わが国にまだ多くの原発があることを考えると、是非今回必要となった技術なり、装置なり、システムなりを開発していただきたいと思います。

現場で不眠不休で事故対応されている方々に敬意を払いつつ、筆をおきます。

よろしくお願いいたします。

2011-03-17

命をかけている現場の方々を最善の処遇に

原発現場で命をかけて懸命に担務を遂行されている方々を是非最善の処遇を施していただきたい。

戦場で戦っているのと同様な活躍だと思うのです。

どうしてこのような状況の中で言いたくなったのは、あまりにも東電の幹部の背広姿での会見の場面を見せられたからです。

幹部は背広組みの様相を感じました。

つまり、東電は本社業務を担務している方々よりも、現場の要員の仕事を軽くみているカルチャーの会社のように見受けられるのです。

今回の現場には、東電社員に加えて契約社員などもいらっしゃるようですが。

是非、東電、国ともに今回命をかけて働いてくれている方々を最善の方法で処遇して下さい。

さらに言わせてもらえば、今回の事故を契機に、東電の人事担当の方々に、是非現場の方々を厚遇する人事制度にしていただきたいと思います。

東電の取締役も今回の自分の会見をビデオでご覧になって、お気づきいただきたいと思うのですが。

いかがでしょうか。

2011-03-15

原発の安全性とは

原子力発電は安全だと言ってこられた学者、TVのコメンテーター、コマーシャルに出ていた学長など、今回の事故を踏まえて、皆さんが言っておられた「安全」って何を言っていたのか是非、発信しただきたいと思います。

安全は装置の安全性を言うのではないはずです。

皆さんはどこを指して「安全」と言ってこられたのでしょう。

安全はシステムとしての安全であり、安定運用時の装置の安全性、適正な運用による安全性、維持管理時の安全性、不具合発生時の適正な対応による安全性などが確保されて「安全」と言うのではないでしょうか。

今回の東電による事故は、不具合発生時の迅速で適切な対応ができていないことが問題だと思うのです。

つまり、安全性の一つ相当が欠けていることが明らかになったのです。

システムの不具合が発生した時に当事者として自ら対処できて、はじめてシステムが安全に運用されていると言うのだと思います。

いかがでしょう。

今回の東電の方や関連会社の方々が命をかけて不具合の対処に当たっていただいていることには感謝いたします。

しかしながら東電の経営者である幹部は当事者として前記のように「安全」を認識されているのか、少し疑問を感じるのは私一人でしょうか。

先ず、本社の取締役が切羽詰った姿勢が見受けられないこと、現場にかけつけての陣頭指揮をしているように見えないことがあります。

加えてこのように見受けられることから次のような仮説を立てざるを得ないのではと思い始めました。

まさか電線を敷設して電力を供給する事業とはことなり、原子力発電は火力・水力発電と同じようにオペレーションカンパニーとして行っているとの認識ではないかと言う仮説です。

つまり、火力・水力発電では設備類は、外部の会社に製造していただくか、購入しているものであり、設備の不具合が出た際には納入会社の方を呼びつけて修繕してもらっているのだと推察します。東電の社員の方々が自ら修繕しているとは推定することは困難でしょう。

同じように東電幹部が原発もそのように認識しているのではないのでしょうか。

何か記者会見の時の幹部の表情、切迫性、説明の仕方・内容に当事者としての「顔」が感じれられないのです。

加えて東電はオペレーションをしている会社なので装置の不具合は納入業者が解決する事項と認識しているのではと疑念をいだきます。

前述のように「安全性」は不具合に対して適切に対処できることと考えると、オペレーション会社であってもそこまで自ら対処できなければ安全に運用しているとは言えないのではないでしょうか。

原発は火力・水力発電とは異なり、オペレーション会社であっても、そこまで当事者になっていなければオペレーションを行っている会社として認めるべきではないのではと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-03-14

原発の事故対応の東電の対応について

東電の記者発表の姿をご覧になって感じることはないでしょうか。

背広姿の方が多く、現場の方々の危険をさらしての対応とあまりにもかけ離れていないでしょうか。

某省の背広組みと同じような様相ではないでしょうか。

現場とかけ離れて本社でゆったりとした仕事をされている方々のように見受けられてなりません。

いかがでしょう。

話される内容も弁護士出身の官房長官の話される内容と同レベルです。

切羽詰ったような姿勢が見えません。

内容も、国民の危惧に対して応えているものではないのではないでしょうか。

現場の担当でないのでわれわれは知らなくていい。

わが社は装置を購入してオペレーションをしている会社なので、装置の不具合は製造業者の責任であり、われわれではないとの考え方が見えてなりません。

もっと端的に言わせていただければ、背広なんて着て出てこられる状況ではないと思うのですが。

東京電力の方々はどのように感じられているのでしょう。

現場では背広なんて着ているとは思えません。

某省と同じように背広組みは現場の人ではないとの会社のカラーがあるのでしょう。

しかし、このような状況であればオペレーションに関して所掌されている取締役の方がまず現場に赴き、その場を仕切ることが必要ではないでしょうか。

そうでないからとはとは言いませんが、現場で海水を注入するポンプの燃料が不足して注入を中断したなどと言うことは起きないはずです。

もしかすると現場を知らない方がオペレーションを所掌される取締役をされているのではと感じざるを得ないのですが。

いかがでしょう。

14日の21時あたりの取締役の会見での内容を聞いていて感じた次第です。、

計画停電から考えること

電力需要に対する計画停電に対してですが、今回の状況ではしょうがないことを分ります。

しかしこのような状況になることは予測不可能ということではなかったのではないでしょうか。

今までの与党配下の政府は何をしていたのでしょう。

地域完結型相当の発電施設だけで地域への供給を行うような行政指導なりを行ってきた結果がこのような状況にして来ているのではないでしょうか。

日本を区割りして地域完結型相当の電力供給行政を行っていては駄目なことがはっきりしたのではないでしょうか。

リスク分散が図られてこなかった行政指導の結果でしょう。

リスク分散するとすれば
・発電施設を日本全域に配置してリスク分散を図る
・または発電施設を運営する事業と電力供給事業を分ける
など幾つか考えられると思うのです。

今までの行政府(経済産業省?)は何をしてきたのでしょうか。

今までの与党の配下で出世されてきた官僚の方々が、いままで通り高位な地位にいらっしゃる限り、長年続けられて来た不透明で安心できない行政が、ただただ続けられて行くだけではないでしょうか。

どこかで分断しなければならないのではないでしょうか。

政権交代は起きたかもしれませんが、行政を支配している官僚機構の交代が起きていないことになっているのでしょう。

政治の表面は現在の与党になっているのですが、行政府の中身は元の与党になっているのではないでしょうか。

考えていかなくてならないことばかりです。

2011-03-13

原発のありさまをみて感じたこと

建屋が爆発した映像をみて感じたことがあります。

原発はやはり安全性の面から問題です。

国全体からみると原発のような大規模発電施設が必要といわれるでしょう。

確かにそうかましれません。

しかし今回の有様から、原発は考え直さなくてはいけないのではないでしょうか。

いかに技術が優れていても、このようなことが起こるのです。

そこで提案ですが。

小規模発電の導入です。

ソーラーパネルではない、ものをです。

例えば、保守が簡単にでき、小川を利用した100家庭ほどの電気が供給できる程度のものとか。

車の屋根の熱による発電とか、車の風力による発電とかです。

車で発電された電気は駐車場で販売・収集できるようにするのです。

このような小規模発電で発電した電気を多数集めて、ある一定の広さの地域に完結的に供給できるような電力システムを築き上げるのです。

原発のような規模のものでないものを考え出すべきです。

効率の良さを求めるのではなく、多少効率はよくなくても、安全で保守の容易な膨大な数の小規模発電による電力供給システムを研究・開発すべきと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-03-12

福島原発の報道には疑問を感じますが

NHK、TBS、フジ、TV朝日の原発の爆発の報道の映像と、日テレの映像は異なるものを流しています。

日テレは建屋の爆発しているところの映像を流しているのに、他社は全く流しておらず、日テレ以外の報道ではコメンテーターは推測でコメントしているのです。

またNHKは建屋の壁が吹っ飛んだフレームの写真を流し続けています。

さらに爆発の時間も16:00と他社の15:36とは異なる報道をしつづけているのです。

また原子力保安院の会見も、爆発の映像が日テレで流されているのに、明らかに事実を隠しているように思える内容で、あたかも爆発も起きていないような内容です。

あきれます。

報道を観ている視聴者は爆発の事実を観ているのです。

見くびらないで下さい。

原発のこともよく知ってるものも多数いるのです。

爆発した映像以上の情報でないなら説明になっていないことを感じるべきです。

報道記者もどうでもよい質問をしないで下さい。

そのレベルの報道など結構です!

いかがでしょう。

今回の地震に対する横浜市の市営バスの運用は適切だったのか

昨日の宮城県沖地震で横浜市でも大きな揺れと被害があり、JR、地下鉄が止まりました。

その中で、何と神奈川中央バス、江ノ電バスは夜遅くまで運行されていました。運転手さんが親切に乗り降りに柔軟な判断をされおり、好感をいだきました。

ところがです!!

横浜市営バスは地震の揺れが中断して、多くの方々が自宅なりに帰るためにバス停に(JR、地下鉄が止まってしていましたので)長蛇の列ができている時に、何と乗車されていた方々を降ろした後、回送で市民の前を車庫に戻ってしまったのです。

市のバスとはだれからのお金で、だれのためのバスなのでしょう!

市長はどのように思われているのでしょうか!

バスを運行されている方々は市なりの運用規則に則って、バスを回送されたのでしょう。

しかしそれでよかったのでしょうか。

労働組合の幹部はどのように考えているのでしょうか!

全くあきれる対応です。

今回の横浜での市民の方々が足の確保のためにバス停に多くの方々がいることを運転手の方々が見ているのにこの有様です!

市長、運用をされている市の部局の方々、労働組合の幹部は、現状を把握できる環境にあったのです。

それでありながら、民間のバスの方々の運用状況を見ながら、職場放棄相当のことをして、市民の足の確保を行わなかったのです。

このことに対する見解を提示するとともに、運用条件を見直すべきです。

いかがでしょう。

ところで今回、実際に経験して感じたことがあります。

このような状況でバスの運行をされる際に、日常の運用ではないことを実行することが必要と思ったのです。

このようなことが起きたのです。
何とバス停をバスが通過してしまうのです。

その原因は、始発相当のバス停で、乗車される方々でいっぱいになってしまうのです。

ですから途中のバス停ではほとんどの方が乗れずに残されてしまうのです。

3時間30分待って、20台相当のバスがきましたが、乗れたバスは5台程度でしかありませんでした。

つまり日常と同じ運用を行っていれば、当然の結果です。

このような時ほど、運用管理を行っている方々の智恵の発揮が必要と感じました。

具体的な案としては次の通りです。

バスの発車場所を運行ルートの途中にいくつも設けるのです。

日常の始発のバス停、次のバス停、その次のバス停、・・・とずらして運行するのです。

是非、日常の運行でない方法を採用されて効率よく、市民の足が確保される方法を採っていただきたいと思いますが。

いかがでしょうか。

2011-03-03

八百長問題の対処方法について

多くの相撲取りの方々が実績がありそうな八百長問題ですが。

証拠のある方々だけが処分を受けるのは、どうでしょう。

現行の裁判であったら証拠がなければ、やっていても、やってないことのように裁かれ、やっていないことが証明されたように報道されます。

しかし、今回の問題は裁判で裁くのではなく、社会常識の一端として裁くのであれば、裁判とは異なった裁きをするのが適切ではないでしょうか。

考えられる対処方法として、証拠が有る無しにかかわらず、自分の経験を全てお話いただき、今後の対処方法を考える糧にするのです。

そして処分の対象にしないのです。

そうでなければ、一部の方々だけが八百長を行っていることを認めたようなことになると思うのです。

一方、全てが話されることなく現在の当事者だけが処分されるのは公平感に欠けると考えます。

全てを親方を含めた全部の相撲取りの方々に語っていただき、いままでの相撲界のしきたりのようなものを明らかにするのです。

そこで今後のことですが。

今後、八百長をした際には厳罰を課すのです。

それに当っては、その旨の規則を明らかにして、とやかく言われることなく、処分できる環境を整えることのように思うのですが。

いかがでしょう。

2011-02-20

サウジアラビアから見えたたこと

サウジアラビアの民主化に対する米国の思惑から、戦後のわが国へ米国の対応が見えてきたのではないでしょうか。

米国に都合のよい統治が求められ、わが国の戦後もそれを実行してきたのではないでしょうか。

よく学校給食に粉ミルクが米国から安い価格で提供されてきたことはよく知られています。

これにも米国の思惑を感じるのです。

例えば、学校給食で子供にパンを食べさせてきたことなども、そこに一因があるのではと感じます。

パン食が恒常的に行われることによって米国から小麦粉の輸入が必要となると共に、子供にパン食を植え付けることで、成人になった後にもわが国に小麦が大量に輸出できる環境が作り上げられてきたのではないでしょうか。

マヨネーズに新に参入した企業のマーケット戦略が幼稚園児である子供達にサンプルの製品を食べてもらうことを行ったことからも歴然だと思うのです。

このようなことが米国と、いままで60年近く統治してきた与党が、米国に都合のよい国を作ってきたのではないでしょうか。

この辺りのことは官僚の方々もご存知なのではないでしょうか。

このサウジアラビアの件を評論する中で是非わが国の戦後を総括していただきたいと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-02-03

裁判は証明できるかが重要

裁判はあたかも真実があばかれる場のように思われがちだと感じるのですが、いかがでしょう。

昨日の八百長問題が法律がなく、裁かれないようですが、世論は処分をと感じているのではないでしょうか。

こちらは法律がないのに処分が期待され、あちらの代議士の場合は法律に抵触しないから真実との見解です。

何か変だとはお感じにならないでしょうか。

法律にかからないから潔白という主張は、異なる次元のことを同じ土俵の上で言っているように思うのです。

潔白も証明されなければ潔白にならないというのが常識でしょう。

つまり、法律に抵触していないからというのは、どうなのでしょう。

確かに法が罪を規定しているのが法治国家なのでしょう。

しかし、法が駄目なものであれば触れないことが起こるのです。

ここで是非、現在行われている裁判制度を考えていただきたいのです。

たとえ法に触れることが行われたとしても、そのことが証明できなければ、罪にならない(できない)のです。

明らかに行為があったとしてもです。

これば一寸おかしいのではないでしょうか。

今流行の言葉であれば「正義」から考えてです。

八百長問題、代議士の問題を通して、罪とは、裁判とは、と素朴の疑問に自ら問うていただきたいと思います。

2011-01-28

東アジア経済圏の構築に当って

鳩山氏が提案していた東アジア経済圏の件ですが。

大変重要なコンセプトだと思うのです。

是非推進していただきたいものです。

ところで経済圏を構築する前にすることがあるように思えてなりません。

それは、東アジアの国々への「感謝」と「謝罪」を明確に表明することのように思えてなりません。

「感謝」であれば、中国、韓国などでしょう。

何故といえば、わが国の文化の多くは両国から伝来され継承されてきたからです。

漢字などはその象徴でしょう。

この姿勢を明らかすることが経済圏の構築に必須と感じるのです。

さらに戦争に対する「謝罪」です。

中国、台湾、タイなど東アジアの多くの国に「謝罪」をすることです。

このように述べると、多くの方から「そのような行為は国としてはできないのでは」と言われると思います。

そこで、従来国会議員の方々が使ってこられた「私人として参拝です。」との表現を参考にするのです。

首相が言う時は「これは公人ではなく、私人としての発言です。」と付け加えるのです。

このようにして東アジア経済圏の基盤を造っていくのです。

このようなことを地道に行った上で行うことが必要ではないかと考えます。

いかがでしょうか。

2011-01-17

小沢氏に一言

昨日はフジテレビに出演した小沢氏のことを述べました。

確かに政治家として筋が通っているのではとの印象はありました。

しかし、そうであるならば、自分のお金の問題に対して見解を詳細に展開していただきたいと思うのは私一人でしょうか。

期待したい見解とは、例えば次のようなものです。

「裏金と言われている献金に対しては、有権者の多くの方々はそのように指摘されているところではありますが、現在の法律のxxの第x条、○○の第○条などによってその指摘は当てはまることないことは歴然だと思います。
そのことから身の潔白は証明できると思っております。
現行法律に従えばそうであることはあったとしても、有権者からの指摘が続くのであれば、現行法律の改定や新しい法律の制定が必要と考えます。」

昨日のテレビでの発言の趣旨を踏まえて延長するとすれば、このような発言があってもよろしいのではと思うのです。

さらに踏み込めば、次のようなことを付け加えてもらいとも感じています。

「新たな法律が施行されれば、今回指摘されていることが法律に触れるだけではなく、今まで与党の方々なりが行為してきたことも多くあげられることになると考えます。長い与党政治を見てきた経験から言えば、多く方々が同様なことを頻繁に行ってきており、これも含めて是正する新しい法律がが必要であると考えます。」

つまり、指摘されていることは多くの代議士の周辺(秘書も含めて)であったと思うべきであり、小沢氏だけ問題ではないはずです。

この機会を、新しい法律の制定に結実すべきと思うのですが。

いかがでしょう。

2011-01-16

本日(16日)フジテレビに出演した小沢氏が本当の姿では

本日16日の朝の番組で小沢氏が話された2大政党制のこと、TPPのこと、日米交渉の経験などと、取り巻きがテレビのインタビューや出演した時の発言とを比較して、あまりにもニュアンスがあるので驚きました。

「小沢さん、お仲間に異なる情報発信をしないように指示してください」と言いたいです。

いかがでしょう。

小沢氏はそのようなことを指示する派閥がいやで、従来の与党から飛び出たのかもしれませんが。

一方、本日付の日経新聞の副幹事長に就任された藤井氏の記事の中に、与党の顧問である稲盛氏の「民主党には優秀な若手はいるが、青い」との発言があったとの話が載っていました。

これらから、なるほどと感じたはじめたことがあります。

本日の小沢氏の発言の趣旨と異なることを発信している取り巻き議員は、組織人としての経験がなく、上司相当が言っていることを支えられていないのだな、と言うことです。

長年与党を経験していた派閥政治の元の政党では、派閥が一組織として働き、当選回数が上下関係を造り、組織統制が図られてきて、その中で育った政治家は組織人と同様、上司が言うことを守り、口車をあわせることを無意識に学んできたのではないかと思い出しました。

しかし、現在の民主党は当選回数とは関係なく、誰でもが対等の資格で発言できる一人一人が独立したフラットな組織になっているのではないのかと感じるのです。

このことが稲盛氏の「青い」との感想を、小沢氏の取り巻きの発言の有様を、さらに小沢氏が仲間の統制を行わないことを生んでいるのではないでしょうか。

これらの現象を見ていますと、これからの代議士は組織人として活躍してきた方々が活躍でいる場にして行くことが必要ではと感じ始めましたが。

いかがでよう。

2011-01-06

おいしい農産物の生産が必要では

最近のお米やサトイモなどを食べていると30年ほど前の味と異なっているとお感じにならないでしょうか。

米は炊いた時のあの香りがしません。

サトイモは煮付けた際のあのサトイモ独自の味がしません。

このような野菜を生産されている方々に是非元の味を取り戻せないものかお聞きしたいです。

米は天日干しではなく、急速乾燥技術によって以前の味を失っているのではないのかと仮説を立てています。

しかし、何故サトイモの味があのように変化したのかの仮設は立てられていません。

農業に従事されている方々は当然知っているのではないでしょうか。

是非もともとの味に回復して下さい。

そしてその味を子供達に体験できるようにして下さい。

その子供達が成長した時には本当の味を求める人達になっているはずです。

このような味の復活は、もしかすると農産物の輸出に貢献するかもとも考えています。

現在のような味から本来の味に復活できれば、日本のものはおいしいとの評判がたつはずです。

いままでの味に慣らされてきた国内の人々には残念ながらその味の変化は分らず、反対に味が悪いと思われるかもしれません。

しかしながら、子供達への例えば給食に提供できるならば将来絶対そのおいしさが受け入れられるはずです。

是非復活させていただけませんか!

よろしくお願いいたします。

2011-01-05

看護師の方々の意識の中にヒントがあるのでは

農業や製造業などへの若者ばなれが話題にされていますが、参考になることの一つに看護師の世界があるのではないでしょうか。

医師の世界と同様に、看護師お子さんが同じ看護師になられている場合が数多く見受けられるのではないでしょうか。

そうは言っても、医師の場合と一寸場合が異なるのではと思うことがあります。

まず処遇です。

そう言っては申し訳ありませんが、それほど優遇されているとは思えません。

さらに職場環境もそれほど良いとは思えません。

つまり職業としては、客観的には、あまりなり手がいないような環境と思うのです。

しかし、意外と言うと語弊がありますが、親の職業の大変さを知っている看護師のお子さんがまた看護師を職業に選択しているケースが多いのではないでしょうか。

ここに何かヒントがあるように感じるのです。

多くの方からお話を聞い経験からは、「「ありがとう」と感謝される言葉がうれしい」とのことから看護師を続けられているとのことでした。

そのように考えると、若者離れがある農業や製造業ではあまり感謝されると言った場面があまり意識されないのではないでしょうか。

昔はご飯を残すと「お百姓さんに申し訳ないから残してはいけません」と言われた記憶があります。

これは感謝の気持ちではないのかも知れませんが、現在ではこのようなこともあまり言われていると思えません。

何が必ずしもよい処遇でない職種の看護師が選択されているのかを明らかにする中で、嫌われている職種への若者復帰のヒントを探すべきではと思うのですが。

いかがでしょう。